【実証】アルカトラズ刑務所・脱獄の謎を解く5つの鍵に迫る!

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1962年アメリカ西岸サンフランシスコ湾の小島にある

アルカトラズ連邦刑務所で三人の囚人が脱走を図りました。

アルカトラズに送られてくるのは手ごわい連中ばかりでした。

アルカトラズ刑務所からの脱獄

この事件には多くの謎が残されています。

三人の遺体は何故見つからなかったのでしょう?

彼らは脱獄に成功したのでしょうか?

それとも、試みの果てに命を落としたのでしょうか?

三人の脱獄囚の行方を求めて今も最先端の科学技術を駆使した様々な調査が続けられました。

遺体が見つかるまで事件は終わりません。

三人の足跡をたどる調査の旅は私たちをアルカトラズ島へと導くのです。

アルカトラズ刑務所から脱獄した3人

1962年6月11日深夜

アルカトラズ連邦刑務所で三人の囚人が不可能に挑みました。

待ち受ける危険を顧みずアルカトラズから脱獄を決行したのです。

すぐに捜査が行われ証拠物件が次々と発見されした。

しかし、三人の消息に関する手掛かりは無く彼らの行方は未だ謎に包まれているのです。

果たした彼らは、はれて自由の身になったのでしょうか?

それとも、すべてを失ったのでしょうか?

これは、最高の推理小説です!

彼らが本当にアルカトラズ島を去ったのか?

脱出してメキシコにでも行ったのか?

あるいは死んでしまったのか?

その後の行方は脱獄に協力した者ですら分からないのです。

アルカトラズからの脱獄計画

サンフランシスコ湾では、謎の解明を目指して地元の研究者たちが協力して調査を行いました。

サンフランシスコ湾の潮の流れに詳しいラルフ・チェン博士、水中調査のエキスパート、

水力工学の専門家ダン・シャーク、プロスイマーのフレット・フェロジャーロ、アルカトラズ刑務所研究家ジョリーン・バビヤックです。

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脱獄当時の潮流はどうだったのか?

三人は手作りのボートで逃げられたのか?

ボートが沈没したとしたらエンジェル島まで泳ぎきったのか?

目的地にたどり着けなかったとしたら彼らは何処へ行ったのか?

溺れ死んだとしたら遺体はどうなったのか?

アルカトラズ連邦刑務所・・・通称ロック

サンフランシスコ湾中央の沿岸からおよそ2キロの所にあります。

1934年アメリカ初の厳重警備体制の刑務所として、

凶悪犯を収容する為に開設されたアルカトラズ。

以来260ある独房には、アルカポネのような悪名高いギャングたちが次々と収容されました。

アルカトラズに送られてくる囚人は他の刑務所で問題を起こしたり、

脱獄を繰り返しているような連中ばかりでした。

アルカトラズでは、囚人3人に1人の割合で看守が付き金属探知機や4つの看守棟が設置され

外部の人間との接触は最小限に抑えられていました。

看守の目を離れることは殆ど不可能でした。

集団行動の度に点呼が行われたうえに、夜間も人数の確認が行われ結果が管理室でチェックされていました。

非常に厳しい警備体制でした。

アルカトラズが閉鎖されるまでの29年間に脱獄の試みは14件有りますしたが成功した者はいませんでした。

5人は溺れ死に、7人は射殺され、2人は処刑されたと記録されています。

脱獄した者は結局、命を落とす運命に終わったのです。

アルカトラズの脱獄事件の殆どは1960年以前に起こりました。

1962年に起こった史上最も有名な脱獄劇は、13件目に当たります。

この脱獄は、13件目だったわけですが、彼らは過去の失敗例を良く分析していた為

自分達はどうすれば成功するかを良く心得ていたのです。

気は熟しました!

いよいよ4人の囚人が史上まれにみる脱走計画に取り掛かる時が来たのです。

.トム・ケントは脱走チームに手を貸した囚人の一人です。

この計画を立ち上げたのはアレン・ウエストでした。

彼は、独房にペンキを塗る作業をしながらこう言ったのです。

「ここを出る方法を見つけたぞ!Bブロックの上に脱走ルートを見つけたんだ!」

車泥棒の罪で服役中だつたウエストは独房ブロックの修全作業をしていました。

彼は仕事で建物の最上階へ行った時に偶然外界への出口を見つけたのです。

それは、使われなくなった古い通気口でした。

アレンウエストはまず、ジョンとクラレンス兄弟を仲間に引き入れます。

2人は、アルカトラズに来る前、他の連邦刑務所で2度脱走を試みていました。

最後に脱走チームに加わったのは、銀行強盗のフランク・モリス

モリスは脱獄の名人でした。

4人は何か月もかけて計画を練りました。

その段取りは、まずそれぞれの独房の通気口を掘り進んで配管口からパイプ伝いに

独房ブロックの最上階にのぼり、そして屋根の通気口と通って屋上へ出て

そこで盗み出したゴムびきのレインコートを使ってボートを作り島を離れるというものでした。

これは、とても恐ろしい計画でした。

脱走するところを警備員に見つかったら射殺されてしまいます。

彼らは、盗んだ材料で工具を作り何か月もかけて独房の通気口を削っていきました。

広がった穴は、カンバスに鉄格子を描いた板で隠していました。

1962年5月には、モリスとアングリン兄弟の3人は独房から建物の最上階に出る通路を完成させました。

彼らはさらに、屋根の通気口をこじ開けて屋上でボートと救命胴衣、そして木製のオールを作り始めた。

4人は夜間独房を離れている事を看守に気付かれないようにするために、身代わりとなるダニー人形を作り9時半の消灯後は、それをベッドに置いていました。

6月11日救命胴衣とボートは完成し脱獄の準備が整いました。

しかし、その頃アレン・ウエストは1人でまだ独房の通気口を削っていました。

ウエストは、泣き叫び歯ぎしりをして悔しがりました。

それもとうぜんでしょう!もともとは彼の脱走計画だったんですから。

深夜0時半頃、フランク・モリスとアングリ兄弟の3人は屋上の空気口のカバーを押し上げ

とうとう冷たい夜の空気の中へと繰り出しました。

ボートとオール、救命胴衣を持って地上を走り抜ける3人。

島の断崖にたどり着くと、彼らはアコーデオンの様な楽器を空気入れに使ってボートを膨らませ

ついにサンフランシスコ湾へと漕ぎ出したのです。

翌朝7時20分囚人たちの点呼の時間がやって来ました。

数分のうちに脱獄が発覚しアルカトラズにサイレン鳴り響きました。

新聞は大見出しでした。

アルカトラズから脱獄者、空にはヘリコプター、沿岸警備隊に警察も出動。

捜査員たちは、サンフランシスコ湾、周辺の海岸、そしてエンジェル島をくまなく捜索しました。

3人の計画はすぐに捜査員に知れ渡りました。

彼らは、一旦3.2キロ先のエンジェル島に渡ってから本土に上陸するつもりでした。

FBIドナルド・エバリーの話によると、彼らは出来るだけ速やかに湾岸地域を離れようとしたのです。

続く数日間に証拠物件が次々に発見されました。

まず、その日のうちに独房ブロックの最上階で救命胴衣1着、オール1本と未完成のボートが見つか、

翌日、エンジェル島付近の海岸で1本のオールが発見されました。

2日後にはサンフランシスコ湾を捜索していた船がアングリン兄弟の持ち物を発見しました。

写真と外界での連絡先が入ったビニール包みでした。

3日後、独房ブロックで発見されたものと同じ救命胴衣がゴールデンゲートからおよそ5キロ離れた

クロンカイトビーチに流れつきました。

そして脱獄から11日後最後の証拠物件が引き上げられます。

アルカトラズの東90メートルの海上を漂っていた救命胴衣でした。

紐が後ろで結ばれたままになっておりまるで来ていた人間が抜け落ちてしまったようでした。

当時も今もこの結末に抱く疑問は同じです。

3人は今も生きているのか?一体何処に消えてしまったのか?

しかしこの脱獄が成功だったかどうかについては意見が分かれてます。

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脱獄の謎を解く5つの鍵

サンフランシスコ湾海底は入り組んだ地形になっています。

水深1mの浅瀬もあればゴールデンブリッジの下のように水深90mの所まであり実に起伏に富んでます。

これが湾全体に複雑な潮流を引き起こしているのです。

サンフランシスコ湾の潮流は1日に2度変化します。

複数の潮の流れは時に渦潮を引き起こします。

ラルフ。チェン博士は、サンフランシスコ湾の潮流の研究をしています。

チェン博士は、これまでのデータをもとに脱獄の夜の潮流をコンピュータ上に再現しました。

彼は3人が出発する2時間前の午後10時半の海からシュミレーションを始めました。

午後10時、この辺りは潮だるみのような状態でしたが、すでに外海に流れる潮流の兆候が見え始めていました

、そして午前1時にはゴールデンゲートの下で最高速度に達し2.7ノットつまり時速5.7キロになっていました。

アルカトラズ近くの潮流は1.5ノット、彼らが湾に出たとき潮流は相当早かった事になります。

荒れた海面に逆巻く渦潮、猛烈な速さで大西洋に流れる引き潮。

脱獄囚たちは驚異的な潮流に直面していました。

激しい潮流に対抗するには頑丈なボートが必要でした。

しかし3人の脱獄囚のボートは、ゴムびきのレインコートを手縫いで継ぎ合わせのりで接着した小さなボートでした。

ここで問題なのはボートの強度ではなく接着の強度です。

縫い合わせた布の端から水が漏れるのですからね。

彼らのボートの防趨性はどれ程だったのか?

3人は、スポーツ雑誌を参考にボートを作りました。

大きさは長さ4.2m幅1.8というボートでした。

外海に流れ出す早い引き潮、おそらく3人のボートはすぐに転覆したか海に投げ出されたしまった事でしょう。

水温10度気温9度あまりという条件のなか海に放り出されてしまった囚人たち、果たした彼らは3.2キロ離れた

エンジェル島まで泳ぎ着くことが出来たのでしょうか?

脱獄の朝に近い6上旬の朝、水中踏査の専門家トム・ベルチャーが率いる調査チームが、かつて囚人たちが

アルカトラズを出港した岸から135mの地点に碇をおろしました。

これからエンジェル島まで泳ぎ切ることが出来たのかの検証が始まります。

今回囚人たちが実態泳いだとされるコースを泳ぐのはプロスイマーのフレット・フェロジャーロ

泳ぐとき最大の敵となるのは水温の低さです。

今日の水温は12.2度、脱獄の夜より2度あまり高くなっています。

体温のおよそ半分は頭から失われる為、フェロジャーロは水泳帽を4つかぶります。

中には新しい素材の厚さ6ミリ以上の帽子もあります。

体温は非常に早く奪われる為、冷却効果の攻撃がより大きく、さた早く作用します。

またこの海には他の不安材料もあります。

ゴールデンゲートのすぐ外側にはホオジロサメが生息しているのです。

いよいよフェロジャーロが潮流を横切って泳ぎ出します。

彼の状態をチェックする為救命ボートがそばに控えます。

泳ぎ続ける限界は1時間から1時間半です。

その後は、体温が低下して体力が衰え同じ場所で円を描いて泳ぐ事になります。

体温が下がる低体温の状態が長く続くと死に至る事もあります。

低い水温の中で動き回るとじっとしてる場合より生存できる時間が半減し1時間から2時間で

意識を失う危険性があるのです。

スタートから35分後フェロジャーロは1.4キロ泳いだ所で限界だと判断しました。

水泳帽など万全な体制で挑んだフェロジャーロでもエンジェル島までは辿り着きませんでした。

実験の結果泳い渡る事は不可能という結果がでました。

装備が完全ではなかったモリスとアングリン兄弟がエンジェル島まで泳ぎきる事は出来なかったと推察されます。

彼らがこのような環境で生き残ったとするなら自然の水流に従う賢さを持っていたということでしょう。

当時の潮の潮流と潮の干満を計算し漂流物がどこに行ったのかを観察しました。

どのデータを見ても脱獄囚は2時間かかってゴールデンブリッジに到着しました。

生きていたかは別として脱出という行為は成功したわけです。

普通この水温8度から10度の水温に投げ出された場合大抵の人間は30分で低体温になり動けなくなってしまいます

そうなると人間は石のように沈んでしまうのです。

囚人たちは陸地に着く前に溺れ死んだと考えられます。

特にモリスはアルカトラズを離れて直ぐに溺れた可能性があります。

フランク・モリスは一緒に脱獄した中で一番小柄で体重も軽かったんです。

また、人生の大半を刑務所で過ごしていて水泳の経験もなかったでしょうから、パニックを起こして

直ぐに死んでしまったと考えられます。

アングリン兄弟は、モリスより長く持ちこたえたかも知れませんが、結局3人ともゴールデンブリッジの外側太平洋へと押し流されたしまったのでしょう。

しかしサンフランシスコ湾や、海中までもくまなく探したにも関わらず3人を発見することは出来ませんでした。

もし3人が溺れ死んでしまったとしたら3人の遺体は何処に行ってしまったのでしょうか?

水力工学のダンシャークと彼の研究チームは縮小模型を使ってサンフランシスコ湾の潮流を研究しています。

今回彼らは、脱出前後の潮流の様子を再現することにしました。

染料と紙きれを流して囚人の遺体と遺留品の動きを再現しました。

何度実験しても紙切れと染料は同じ方向に流れて行きました。

実験の結果、殆どゴールデンブリッジの方向に流れて行きました。

また実験結果からみて彼らがゴールデンブリッジを超えてそのまま流されて行った可能性もあります。

また、ダミー人形を使った実験も行われました。

救命胴衣を外した人形と、救命胴衣を着けた人形で再現しました。

救命胴衣を着けて人形はすぐに潮流に引っ張られ真っすぐゴールデンブリッジの方に流されて行きました。

一方、低体温により体力が低下し救命胴衣が抜けてしまったら、遺体はやがて潮流にさらわれ海底に沈んだはずです。

救命胴衣なしのダミー人形はすぐに海底に沈みました。

水深が深ければ深いほど水圧がまし水面に浮かび上がる確率は低くなります。

GPSを付けた人形は、ゴールデンブリッジ付近へゆっくりと進み始めたのです。

おそらく、フランク・モリスとクラレンス兄弟はゴールデンブリッジ付近の深海に沈んだのでしょう。

事件の後、フランク・モリスとアングリン兄弟の捜索は何年間も続けられましたが遺体が発見されていない為、事件は今も謎のままです

あの3人には理由があったんだと思います。

私の周りには家族がいますが、あの男たちはずっと独房で暮らしていたんです。

だからこそ、きっと脱獄に情熱を傾けたのでしょう。

自由を求める男たちの大胆な脱獄劇。

結局の所、私たちは彼らの本当のドラマを見る事は出来ないのかもしれません。

真実はアルカトラズ島に眠っているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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