ジェボーダンの獣オオカミ男の正体の謎に迫る

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血に飢えたオオカミか、それとも恐怖のオオカミ男か?
鋭い牙と長いカギ爪で人肌を切り裂き、その肉を喰らう巨大な野獣。
その名はジェボーダンの獣。!
事件から250年もたった今もその惨劇は人々の脳裏に人知れぬ恐怖として焼き付いているのです。

フランスの山里で起きた未解決の連続殺人事件!

神出鬼没にして不死身の獣!

100人の命を奪ったその正体は、未だ謎に包まれている。

常識を超えた巨大な獣の正体の真相に迫る!

2012年にカナダで捕獲されたオオカミ。

体重72キロ 体長2.2mで現地の平均的なオオカミの2倍ちかく!

寒い土地で体温を維持する為に、オオカミは稀に巨大化することがあるという。

18世紀のフランスに現れたジェボーダンの獣とは

こうしたオオカミと異なる謎の生物であると言われている。

ジェボーダンの惨劇の始まり

フランス中央山地に位置するジェボーダン地方

1000m級の山々に囲まれ、村人が酪農や林業で暮らす地

1764年6月

ある牛飼いの女性がいつも通り放牧の番をしていた。

そこに、1頭の巨大な獣が襲いかかった。

女性は、鋭い爪で腹部を切り裂かれ体中に傷を負ったが一命は取りとめた。

この事件の記録の中に、彼女を襲った獣の姿が記されていた。

ピエール・プールシェ著「ジェボーダンの野獣」(1889年)

それは、村人が見慣れたオオカミとは異なる姿だった。

化け物は、子牛位の大きな体で頭はオオカミよりも大きく鋭いカギ爪を持ち背中には一筋の縞模様があった。

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第2の事件

数日後

最初の襲撃場所から10キロほど離れた村で少女が行方不明になっつた。

翌朝、少女は死体で発見された。

無残にも内臓を喰われていたという。

ジェボーダンの惨劇はこうして幕を開けた・・・・

謎の獣は度々出現!犠牲者は3カ月で20人以上にのぼった。

しかも、犠牲者の殆どが狙いすましたかの様に抵抗する力の弱い女性や子供ばかりであった。

更に、野獣は人知を超えた不思議な現れ方をして人々を怯えさせた。

ある日、ベルグヌーという村で10歳の少女を襲った野獣は、同じ日に南西に50キロも離れたレ・ケール村に現れ15歳の少年を襲った。

野獣は、広大なジェボーダン地方の遠く離れた場所にほぼ同時に現れたのだ!

まさに神出鬼没!険しい山々を超え予期せぬ場所で人々を襲い続けた。

またある日、山狩りをしていた村の猟師が野獣を発見!

野獣は致命傷を負ったかに見えた。

ところが、数日後には別の場所に現れ殺戮を続けたのである。

ジェボーダンの野獣伝説は人災だったのか

この野獣事件の背景には当時のフランスの山村が長年抱える問題があった。

16世紀フランスでは30年以上に及ぶ激しい内戦があった。

カトリックとプロテスタントとの争い(ユグノー戦争)である。

劣勢だったプロテスタントの一部は、山深い地方へと避難。

ジェボーダンでも、二つの宗派が混在し住民同士の不信と対立の感情が残されていた。

また、長い内戦は野生動物への影響を与えた。

戦いで山里が荒廃すると、生存環境のバランスが崩れ増加したオオカミが盛んに出没するようになったのだ。

こうした不安を抱える地方に現れた謎の野獣。

未知の獣が何頭もいるのか?あるいは不死身なのか?もしやオオカミ男?

それとも本物の魔物?村人の恐怖は膨れあがった。

謎の野獣事件は、ジェボーダン地方から600キロ離れたフランスの都パリにも伝わる。

1764年11月16日(新聞「ル・クーリェ)連続猟奇殺人の話題に新聞は飛びついた。

ある者は背中に一筋の縞模様がありことからハイエナではないかと語る。

また、ヒョウの様だとも言われている。

憶測交じりのセンセーショナルな話題はフランス全土、そしてヨーロッパ各地に広まった。

イギリスのある新聞は、フランス軍兵士2万5千人と大砲のすべてが野獣に食べられてしまったとやゆする様に報道。

事件の解決にはフランスの名誉がかかっていた。

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野獣討伐隊ドラゴン

1764年11月

事件発生から5か月後、国王ルイ15世は莫大な資金を投入し、ジェボーダンに野獣討伐隊を送り込んだのだ。

フランス軍の精鋭部隊、竜騎兵、・・・別名ドラゴン

華麗な軍服で着飾り馬で原野をかける55名の兵士たち。

これで野獣も退治されると、村人たちは胸をなでおろした。

何故惨劇は続いたのか?

1765年1月25日(新聞「クーリェ・ダウィニョン」)

竜騎兵は野獣を発見できず被害者は増えるばかりだと報じた。

竜騎兵は狩りについては素人だった。

山狩りでは、獣を追い立てようと銅鑼を鳴らしながら進んだが、かえって獣を遠ざけてしまった。

3カ月たった1765年2月7日

2万人が参加した山狩りでついに野獣が姿を現した。

撃たれた野獣は一瞬崩れたが起き上がり森へ逃げてゆく、追いかける竜騎兵!

ところが野獣を追い込んだ竜騎兵は意外な行動をとる。

山深く馬が入れない場所でも彼らは馬から降りようとしなかった。

足元がおぼつかない竜騎兵をおいて野獣は姿を消してしまったのだ。

打つ手がなくなった竜騎兵は・・・こんな作戦まで

兵士を女装させ放牧の子供たちに同行、野獣を待ち伏せる作戦だ。

しかし、野獣は罠を見透かしたのか別の場所を相次いで襲撃。

国王の軍隊が失敗を続けるなか犠牲者はその数を重ねて行く・・・

村人は、自分の身は自分で守るしかない状況へと陥ったのである。

最新の研究から見えてきた被害の原因

戦争によって兵士の死体が放置されるとオオカミが現れそれを食べてしまう。

そうしたオオカミは人を恐れなくなるうえ、狩りをする男たちが戦にとられているために、オオカミの数はどんどん増えていく。

実際、フランスでは16世カトリックとプロテスタントの内戦の後、オオカミの被害が急増した。

その激しさは、「人間とオオカミの戦争が始まった」と記録されるほどでした。

そして、ジェボーダンの野獣事件の背景にもこの人災という文字が見え隠れするのです。

またこの時代、銃を持つことは反乱や暴動につながるとして猟師など一部の人にしか認められなかったのだ。

このジェボーダン地方の人々は隔絶され孤立した貧しい土地の見捨てられた人々であった。

子供たちは、生活を支える為、放牧の仕事をしなければなりませんでした。

子供がいない家では、その役目は女性でした。

貧しさゆえに子供や女性が獣の危険にさらされたのです。

誰も効果的な手を打てないまま、野獣の襲撃は続いていった。

ところが、発生から1年3カ月

1765年9月21日

事件は急展開を迎える。

国王ルイ15世が新たに派遣した射撃の名手が野獣を仕留めたのである。

その体長は1.7m 体重65キロ

確かに通常のオオカミよりは大きめだが背中の縞模様はなかった。

ともかく事件は解決、国王ルイ15世は安堵した。

その2か月後

1765年12月2日

牛の番をしていた2人の少年が何者かに襲われたのだ。

1人は死亡。生き残った少年は証言した。

背中に一筋の縞模様がある野獣だった」と

惨劇の知らせは国王のもとに・・・・

ところがルイ15世は事件の再発を無視したのである。

事件はすでに解決済みという考えだったのだ。

再び始まった殺戮。

しかも、これまでよりさらに異様な状況が続いた。

事件は本当に野獣のせいなのか?自分の隣人が怪しいかもしれない!村人たちは疑心暗鬼にとらわれていった。

事件発生からまる3年

1767年6月19日

地元の猟師ジャン・シャステルが巨大な野獣を射殺。

その後、殺人事件はピタリとなくなった。

ジェボーダンの惨劇は突然幕をおろしたのだった。

シャステルが殺した獣の記録

獣の死骸を見た人々は口々に怪物だと語った。

しかしルイ15世は死骸を直ちに埋めるよう命令。

その後、死骸の行方は確認されていない。

野獣の正体は、未解決のままとなった。

巨大なオオカミ説

ハイエナ説

犬とオオカミの交配種説

一頭なのか複数なのか

人間の手による殺人説

真相は・・・闇に葬られた

現代もこの謎は解明でいていないのである・・・・

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