アーサー・コナン・ドイルと妖精「ノーム」の謎に迫る!

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1920年12月イギリスで人気の雑誌「STRAND MAGAZIN」に衝撃的な写真が掲載される。
少女の前にいるのは、偶然に撮影に成功した妖精たち。
4人の妖精は、ピンク、グリーン、うす紫、藤色ていたという。
少女の足元にいるのは妖精の一種「ノーム

妖精ノームの謎

少女の膝に飛び乗ろうとした瞬間だ!

これらは、イギリス中央部コティングリー村の2人の少女がお互いを撮影したものだ。

妖精写真は、発表されるやいなや本物かトリックかをめぐり大騒動となった。

何故なら、この写真を公表したのが・・・

かの有名な「シャーロックホームズの冒険」の生みの親としてすでに、

世界的な名声を得ていた作家アーサー・コナン・ドイルであったからである。

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アーサー・コナン・ドイルと妖精

「妖精の存在を認めるという事は物質文明に侵され泥の轍に深くはまり込んだ20世紀の
精神にとって大変な衝撃にあると思う。同時にそれは、この世には魅力的で神秘的な生命があることを認める事にもなろう。」

当時、イギリスは科学技術の発達によって産業を発展させ世界で最先端の文明社会を築きあげていた。

しかし、極端な経済発展は貧富の差を激しくし治安は悪化。

弱きものは虐げられ、人々は不安の中で暮らしていた。

ドイルは、そんな時代に現れた妖精写真を物質文明とは異なる未知の世界を示すものだと訴えたのだった。

何故ドイルは、妖精写真を認めたのか?

そこには、心霊現象をどうとらえればよいのか戸惑い続けたドイルの迷いがあったのだ。

アーサー・コナン・ドイル

1859年スコットランド、エジンバラでカトリック教徒の家で生まれる。

エジンバラ大学の医学部で、最新の科学を学んだドイルは、32歳で眼科を開業。

そして、仕事のかたわら書いていた「シャーロックホームズ」シリーズが大ヒットする。

犯罪の現場を注意深く観察し、膨大な科学の知識の元に分析し鮮やかに真実を浮かびあがらせる近代的な名探偵は、大衆のヒーローとなった。

ドイルは、ホームズにこう言わせている。

「データがまだ揃ってないうちに推理を組み立てるのは大きな間違いだ、
事実あう理論を組み立てるのではなく、理論に合わせて事実をねじ曲げてしまいがちになるからね」

まず、事実をデータとして揃えることを推理の基本!

それが、ホームズ流の物の考え方だった。

当時、イギリスでは霊媒たちのトリックが見破られてからも、心霊ブームはまだ続いていた。

名探偵ホームズを生む出した、ドイルは合理的な考え方から外れた霊や死後の世界については否定的だった。

「ローソクは燃え尽きると消える、電池は壊せば電流は止まる、物体がなくなれば存在も終わる。
だから私は、人間が死んだ後も魂が生き続けるというのは納得できない。
ところが驚いたのは、クルックスなど科学会の権威とされる人々が、魂は死後も存在すると
完全に信じ切っていたということだった。」

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1893年ドイルは34歳の時、心霊研究協会(SPR)に入会

クルックスたちが認めた、心霊現象の正体を自分自身で見極めようと膨大な資料を手に入れ検証を始めたのである。

「不可能な事柄を消去していくと、それがいかにあり得そうになくても残ったものこそが事実である。
そう仮定するところから推理は出発します」

ところが、様々な資料を読むうちにドイルは衝撃を受けた!

霊的存在や死後の世界を否定しきれない事例が世界各地から数多く寄せられていたのだ。

「ヒンズー教の苦行層は先祖霊の力によって真っ赤に燃えた石炭を素手でつかんだり、
触らずに物体を動かしたり植物の苗をみるみるうちに成長させたという。そこには、
欧米で発覚したようなトリックが一切見つかってないことに、私は非常に感銘を受けた。」

実は、死後の世界は存在するのであろうか?

そしてドイル55歳の時・・・転機が訪れる。

第一次世界大戦が勃発(1914年)

科学技術によって強力になった兵器が戦場に登場!

戦闘機・戦車・潜水艦・化学兵器

巨大な戦争の死者は900万人以上にのぼった・・

物質文明の発展は世界を絶望へと導いた。

嘆き悲しむ遺族たちは、霊媒の元へと向かった。

亡くなった家族ともう一度話をしたい!

そんな人々に心を痛めたドイルは・・・決意を固める!

「戦争というものは、生、を真剣に見つめさせ、私が何のために生きているかを改めて考えさせることになった。
私がこれまでだらしなく引きずって来た未知のエネルギーが存在するとか、しないといった議論は呑気なものに過ぎない。
死後の世界は実在すると確信すればそれで事は足りたのだ。」

ドイルは決断した。

自分が長年調べ信じる様になった死後の世界の存在!

死者はそこで生きている!と、絶望する人たちに伝える事こそ救いになるのだと。

ドイルは61歳から心霊主義普及の為の講演旅行に力を注ぎ始める。

そして・・・妖精写真と出会ったのだ!

妖精写真を入手してドイルは、それでもトリックがあるのではないかと疑った。

栃木県宇都宮市

うつのみや妖精ミュージアム

ここにイギリス出身のイギリス児童文学の研究家が収集したコナン・ドイルの貴重な品が豊富に保管されている。

ドイルが入手し調査した妖精写真

まさに、本物のガラス原盤である。

ドイルは、この原盤を大手写真メーカーに持ち込み、徹底した調査を依頼!

しかし、二重露出など撮影後に加工された形跡は見つからなかった。

ならば、撮影の時点で細工があるはずだ!世間は少女たちに疑いの目を向けた。

しかし、ドイルは少女たちを疑おうとはせず世間の好奇心から守り続けた。

(SPR)理事レスリー・プライスはこう語る。

「シャーロックホームズの作品にはたくさんの”悪”が現れます。
ところがドイルは、現実社会に生きながらも人の心の中の悪!特に子供の”悪意”についてはあまく見ようとしていました。
せめて、子供だけでも嘘をついたり、騙したりしないと信じたかったのです。」

1930年アーサー・コナン・ドイル死去(享年71)

死後の世界の啓蒙に力を尽くした晩年だった。

1983年3月18日タイムズ紙

やがて、ドイルの死去から時を経て妖精写真を撮った女性の一人が告白した!

「本から切り抜いた妖精の絵をピンでとめて撮影しました。」

自分たちに気遣ってくれたドイルに答えたのか告白が行われたのはドイルの死から53年後の事だった。

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