未確認飛行物体に関する報告書!トップシークレットUFOの謎に迫る

スポンサーリンク




1948年アメリカ空軍の航空技術情報センターがまとめた報告書に、UFOは地球外から来ている。と書かれていたと言うのです。
地球外からやって来ている存在を、アメリカ空軍が認めていたという事実!

未確認飛行物体に関する報告!

これは、1955年に一般発売された書籍「未確認飛行物体に関する報告」著者は、空軍内でUFOの調査の任務に就いていたエドワード・J・ルッペルト大尉。

私はフライング・ソーサーの物語の全貌を知っている」という書き出しでルッペルトは、重要な証言を残していた。

1948年空軍の調査機関は空飛ぶ円盤は、惑星間を行き来するものであるという報告書をまとめ、上層部に提出したのだという。

空軍は、空飛ぶ円盤のついてどのような調査を行い、どのような事実をつかんでいたのか?

トップシークレットUFOの謎

アメリカ空軍、その正式発足は1947年9月。

ケネス・アーノルド事件の二か月後の、まさに空飛ぶ円盤騒動に沸いているさなかだった。

第二次世界大戦以降、空の戦いの重要性が増した為陸軍内の組織、陸軍航空隊が正式に独立。

広大なアメリカ上空の防衛は空軍の重要な使命として課せられた。

オハイオ州ライト・パターソン空軍基地、ここには空軍の兵器の開発、研究を行う航空資材軍団の司令部が置かれている。

1947年当時、空飛ぶ円盤の情報は空の最新兵器を扱うこの基地に集められた。

1947年9月23日、ここで空飛ぶ円盤の正体について報告書をまとめている。

そこでは、円盤を軍事的な目から分析していた。

「極端な急上昇や横転するなどの動きの特徴は、飛行機やレーダーからの回避行動として解釈され、
この様な動きをし音速に近い速さで飛ぶ有人飛行機を製造することは我が国でも可能である。
我々の知識を超える原子力による推進装置をどこかの国が所有している可能性かある。」

これは、円盤をソビエトの秘密兵器かもしれないと警戒する一文だった。

この報告を受け取った、空軍参謀のネイサン・トワイニング中将は空飛ぶ円盤には重大な国防問題が潜んでいるかもしれないと判断。

三か月後の1947年12月30日、最初の空飛ぶ円盤の調査機関が設立された。

スポンサーリンク




プロジェクト・サイン(Project Sign)

アメリカ近代自史とUFOの関係に詳しい、ロバート・ゴールドバーグ教授によると。

アメリカ政府や空軍が心配したのは、空飛ぶ円盤がアメリカの安全保障にどう関わるかということでした。

ソビエトからにせよ、他から来ているにせよアメリカにとって脅威なのか、そうでないのか、そこがまず重要な問題だったのです。

プロジェクト・サインの調査官たちは空飛ぶ円盤の情報が寄せられると、真っ先に現場に駆け付け目撃した人から聞き取りを行った。

星や隕石、飛行機や気球の見間違い、嘘の目撃情報などを排除し残った危険性を探る。

すると、どうしても説明がつかない事例が出てきたのだ。

速さや、動きが現代の科学技術では実現できないのだ。

1948年9月、9カ月に及ぶ徹底調査をもとに、プロジェクト・サインは衝撃的な極秘報告書を提出した。

「空飛ぶ円盤は惑星間を行き来するものである」

ところが、首脳部は報告書は証拠不十分としてなんと焼却処分にしてしまったのだ。

まさに隠蔽工作を行ったのだろうか!?

ネバダ州ラスベガス

空軍の歴史と内部事情に詳しい元空軍大佐アレン・パルマーによると、

空軍上層部が報告書を却下した理由はいわゆる隠蔽とは性格の異なることだという。

「空軍は現実の7アメリカへの領空侵犯こそが目の前の脅威だと思っていました。
確かに空飛ぶ円盤を調査した結果簡単に説明がつかないものや、よくわからない物がわずかながらありました。
しかし、領空侵犯の様な脅威はありませんでした。脅威ではないと判断できればその正体を追及することは空軍にとって時間の無駄だったのでしょう」

1949年2月11日空軍はプロジェクト・サインのスタッフを入れ替え新たな組織に作り変えた。

スポンサーリンク




「プロジェクト・グラッジ」である

プロジェクト・グラッジの任務は、空飛ぶ円盤は脅威ではないと国民に周知する事。

実態が存在しない、見間違いによる幻と雑誌記者に記事を書かせた。

「250件以上の目撃情報がありながら1機も墜落していないのはおかしな話だ。
現時点で空軍情報部は謎の飛行物体から緩んで落ちたナット1つでさえ見つけていない!
実在する証拠を全くつかんでないのだ」

ところがこうしたキャンペーンの一方、空飛ぶ円盤の目撃情報は増える一方。

単なる見間違いを受け入れない人が多かったのだ。

更にこの後、空軍自ら大混乱に陥る事件が起きる。

ワシントンD.C.襲撃事件

1952年7月19日と26日の夜から明け方にかけて首都ワシントンDC上空に20機以上もの光る飛行物体が現れるという事件が発生!

軍や国際空港の管制官やパイロット達が、ワシントン上空をまるで包囲するように多数の物体が飛んでいるのをレーダーや肉眼で目撃したのである。

19日の夜、異常事態は6時間にも及び、更に1週間後の26日も発生!

民間機の飛行は全て禁止され、戦闘機が出撃する騒ぎにまで発展した。

前代未聞の大事件に対して空軍は事態の説明を迫られ、直ちに記者会見を行った。

空軍の広報官は、特殊な気象条件の中で発生した空気の層が町の光やレーダーを反射。

別の場所にある光や物体が飛んでいるかの様に見える状況を引き起こしたと説明。

更に・・・空軍情報部長ジョン・A・サムフォード少佐は

「我々が現時点で未解明の事例についてはっきり言える事はただ一つ、アメリカ合衆国の脅威になりえるというような一貫性や目的を持ったパターンは一切ないという事です」と述べた。

しかし、この一連の説明に記者は納得していなかった。

会見の記録を見ると、空軍と記者の間に決定的な意識の差があることが伺える。

記者は、地球外から来た可能性を問うと、軍は管轄外です!天文学者に聞いてくださいと答えたのだ。

1952年4月

空軍は、プロジェクト・グラッジに変わり新たな調査機関

「プロジェクト・ブルーブック」を組織した

ブルーブックは、1969年まで活動し22年に及ぶ空軍の調査の最終報告書を発表している。

調査した目撃情報は12,618件

そのうち正体不明は、701件あったという。

しかし、地球外から来た証拠は1件も見つける事が出来きなかった。

この不可思議な謎は現在でも謎のままである。

しかし、政府は何かを隠しているのかもしれない。

現代科学が発展し、反重力装置を使い空を飛ぶ時代が来たら人間はそれを当たり前の様に使い乗りこなすだろう。

原始時代の人間が、現代の飛行機を見たら今と同じ状況になる。

UFOは、時空を超越する旅の際に出来る時空の歪みによって現れる現象であり、

未来の人間が操縦するタイムマシーンなのかもしれない。

スポンサーリンク