「ノアの方舟の真実」の謎に迫る

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堕落した人々!”怒れる神”

そして方舟を作り洪水を生き延びた心正しき者「ノア

ノアの物語は聖書に書いてある通り本当に起こった事なのでしょうか?

その答えを探るべく科学者もいれば聖書の記述を信じ、その裏付けを求める人もいます。

謎が解き明かされる日は来るのでしょうか?

それとも、ノアの物語は神と人間の契約を描いた作り話に過ぎないのでしょうか?

ノアの方舟の真実

大洪水の伝説が最も古くから語り継がれている中東。

ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教は、そんな土地で生まれした。

人類がこの世に登場してすぐ天地造像後まもなく起きたとされる大惨事は、聖書だけでなく

コーランにも記されています。

多くの人がノアの物語を耳にした事があるでしょう。

神は全てを洗い流す為に大洪水を起こしました。

但し、ある家族を除いてです。そう・・・ノアです。

しかし、聖書に書いてある事は実際に起こったなのでしょうか?

ノアの物語は、世界と人類の起源を描いた旧約聖書の創成期に出てきます。

聖書によるとアダムとイブの子孫は神が人間を地上に置いた意味を忘れ堕落したいました。

そこで神はある決意をします。

「私は人を地上から拭い去ろうと思います、人だけではなく家畜も地を這うものも」

ノアとその家族以外すべての者が死ぬ運命にありました。

しかし、聖書を文字通り信じてもいいのでしょうか?

例えばノアの年齢です。

彼は、神の声を聴いた時およそ500歳でした。

現代の多くの人々はこれに当惑します。

聖書に登場する人物の年齢や寿命は現代の私たちから見ると異常なほど長生きです。

人間は元々長く生きるように作られたのかもしれません。

しかし環境の変化が起こり突然寿命が短くなったのかもしれません。

数字は、単なるメタファーだという人もいます。

聖書である人の年齢を述べるのは、その人への敬意を表す為です。

年長者が尊敬される文化なのです。

一方、聖書の記述を絶対視するキリスト教根本主義者は、数字も真実だと考えます。

創成期に記された年代を文字通り解釈する事で、今まで数々の興味深い結果がもたらされてきました。

天地創造や洪水が起きた年代が算出されて事もあります。

計算をした17世紀のアイルランドの大司教ジェームズ・アッシャーは、まずアダムとイブから始まる旧約聖書の

登場人物の年齢を21世代分たしました。そして歴史上すでに明らかな年代を基準に膨大な計算を行い

天地は紀元前4000年頃に想像されたと推測しました。

暦の誤差を考慮して推定された日付は紀元前4004年10月23日

聖書の中にはこの日付を注釈として記載しているものもあります。

アッシャーは続いて大洪水の年を紀元前2348年と推測しました。

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ノアの方舟の設計図

聖書によればノアは大洪水の起こるおよそ100年前に家族と共に生き延びるよう神から命じられました。

神はノアに船を作るよう命じたのです。

とても大きな方舟です。

そして、その指示は極めて具体的でした。

長さを300アンマー、幅を50アンマー、高さを30アンマーにしなさい!

1アンマーはおよそ45㎝

聖書の言う事が正しければノアの箱舟の長さはおよそ135m、幅は22.5m、高さは13.5m

史上最大の木造船です。

ノアの方舟の捜索

この100年余り探検家たちが中東の山々に押し寄せました。

方舟が流れ着いたとされる山を探す為です。

聖書には、その正確な場所は記されていません。

アララトの山々の上に止まったとしか記されていないのです。

アララトとは、ウラルトゥーと呼ばれる古代の王国があった地域を指します。

現在のトルコ東部にあるアララト山は王国の消滅後何世紀も経ってから名付けられました。

それでも、ここが方舟探しの人気スポットである事に変わりありません。

多くの逸話も生まれました。

例えば1917年には、ロシア人のパイロットが方舟に似た物体を発見。

ロシア皇帝ニコライ2世は調査の為に探検隊を派遣しました。

しかし、これまでに1度も記録が発表された事はありませんでした。

1950年代になってフェルナンド・ナバロというフランス人がアララト山の山頂から青銅器時代初期の木片を持ち帰ります。

世紀の大発見”しかしこの木片は数か月前にナバロ自信が持ち込んだことが分かりました。

こうした逸話が方舟の存在をうさん臭くしたのかもしれません。

 

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1959年遂に方舟発見?

トルコ陸軍大尉が航空写真を調査中アララト山から近い標高2000mの所に船の形をした物体を見つけたのです。

探検家達はその場所に向かい大量の泥と氷に埋もれた巨大な船の形をした塊を確かにそこに見つけました。

80年代になると方舟に全く縁のない人が方舟探しに加わります。

元宇宙飛行士のアーウィンは月面を歩いた8番目の飛行士で初めて月面で車を走らせました。

彼は暗い宇宙の彼方に生命の星、地球を見て人生が変わったと言います。

神が地球を生み出したのだと彼は気づいたのです。

彼は非常に信心深くなりました。

そして、アララト山にノアの方舟を探しに行ったのです。

彼はアーウィンに何度もトルコに足を運びましたが、結局方舟を探せないまま亡くなりました。

しかし、彼に刺激を受けた新しい世代によって新しい最先端の探査方法が見いだされました。

それまでの探査は実際に山を登って行われていました。

アメリカ士官学校出身、法学者ポーチャー・テイラーは独自の手法を開拓しました。

彼が士官学校に通っていた1973年、仲間からアメリカの人口衛星が誤ってアララト山を撮影し、

その画像から、氷河から突き出た船の舳先の様な物が写っていたらしいという噂を聞きました。

CIAでは、その画像は撮影された1949年から「ノアの方舟」の噂が流れていた事が分かりました。

1999年には衛星画像を扱う会社を説得してアララト山にカメラを向けさせました。

まるでタイタニック号の様な巨大な構造物が氷河の深くに沈んでいる様に見えました。

2003年2月、より解像度の高い衛星写真が撮られました。

なんと、アララト山の山頂に聖書同じ比率の物体があるのを確認したのです。

しかし、より詳しく見ていくと新しい事が分かりました。

この物体は、単に岩が侵食によって出来た単なる自然現象であることを確信しました。

つまり、人工物ではないのです。

箱舟は本当に存在したのでしょうか?

そもそもノアはこんな大きな船を本当に作る事が出来たのでしょうか?

現代の船大工の中には首をかしげる人がいます。

現代の船大工は板を熱するのにスチーマーを使います。

しかし、ノアは板を熱して曲げたりはしなったはずです。

ノアの使った道具はおそらく石で出来ていました。

強度の問題を考えると、船は大きくなればなるほど大きな骨格を必要とします。

ほぼ1人で作る事は不可能です。

また、荒れた海では船は曲がり、きしみ折れてしまいます。

ノアの方舟はそれ程激しくない嵐なら耐えられたかもしれません。

でも、巨大な嵐には耐えられなかったでしょう!

現代の船でさえそうなのですから。

 

聖書に記述された嵐は本当にあったの?

ノアの方舟が作られたのは別として、世界規模の大洪水が実際に起きたのでしょうか?

洪水伝説は各地の文化に残されています。

人類が共有する唯一の伝説かもしれません。

洪水伝説はとりわけ中東に多く見られノアの物語とそっくりの物もあります。

メソポタミアの物語です。

 

ではノアの方舟に乗ったのは?

方舟に乗っていたのはノアとその家族だけではありませんでした。

また全て命ある者、すべて肉なるものから2つずつ方舟に連れて入りなさい

それららは、オスとメスでなければならない。

そこで、ノアとその家族、動物たちは方舟に閉じこもり神が約束した嵐が来るのを待ちました。

七日が過ぎて洪水が地上に起こった。

雨が40日40夜地上に降り続いた

聖書は、水が15アンマー、およそ7mに達し大地を覆いつくしたと語っています。

箱舟は150日の間水に浮かんでいました。

果たしてこの水はどこから現れ、何処に消えたのでしょうか?

地下水浮上説は、地質学者は絶対あり得ないと語る。

その他、水蒸気説などもありますが、気象学的にはぼあり得ない。

有力な説は、彗星説

彗星が何処かの海に落下したことで大洪水が起こされた。

幅が3kmを超す彗星が地球に向けて突進。

時速16万キロ以上の速さで大気圏を突破し海に墜落したのです。

彗星の質量の10倍の水が大気中に飛び散ったと考えられます。

衝突によってLTT薬1000万トン分のエネルギーが放出されたはず。

これは、長崎に落とされた原爆の5億倍のエネルギーです。

彗星の落下で大量の水蒸気が大気中に噴出し、一週間近く続く豪雨の原因となりました。

その他にも、2004キロも離れた海岸を高さ180mの巨大な津波が襲い世界各地を激しい嵐が吹き荒れたのです。

降り続く雨に海上の大しけが重なり強大なハリケーンとなったはずです。

また、この時期に大きな気候変動があったことも分かっています。

天体図と彗星が地球に接近した時期を照らし合わせる事によって彗星の衝突が起きた最も妥当な時期を算出すると

紀元前2087年5月10日に彗星が地球に衝突していた事が分かりました。

この衝突がノアの洪水を含む世界中の洪水伝説に関係するのです。

天文学的には、やや疑いはありますが。

地質学者達は完全に否定することはできません。

彗星衝突の証拠は世界中に残っているからです。

現在でも山の山頂付近で海洋生物の化石が見っかっています。

総合して、この前後の時代に世界的な大洪水があった事は事実なようです。

しかし、ノアの方舟の物語は、これらの大洪水を間逃れた人々と宗教的考えが

重なり出来た神話だという事でしょうか?

現代でも、「ノアの方舟」については諸説あり

未だ謎に包まれたままです。

 

 

 

 

 

 

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