「メアリーセレスト号」最も不気味で悪名高い幽霊船の謎に迫る

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1872年デイ・グラシア号は、ジブラルタル海沖を搬送していました。

モアハウス船長は、水平線の彼方8キロ先前方に帆船を発見します。

船長は不振に思い始めます。メアリーセレスティア号その船に近づいた船長たちは不気味な光景を目にしました。

舵は右に左に気ままに回っているし、甲板の(幽霊船)は落ちて壊れていたのです。

しかも、アドレス諸島までの航路に線を引いた地図が見つかりました。

発見地点から500キロも離れた場所を目指していたわけです。

船には、何百もの酒樽が積まれていました。

メアリーセレスト号の謎

乗組員の救命具や、私物も残されたままです。

また、噂によると並べられたばかりの食事や入れたての熱いお茶が調理室にあったというのです。

乗組員たちは戻るつもりだったのです。永遠に去るつもりはなかった。

だから、舵も結ばなかったのでしょう。普通船を見捨てる時は舵を固定するものです。

デイ・グラシア号の乗組員は、メアリーセレスト号を最寄りの港に搬送すると幽霊船の噂が広まります。

ベンジャミン・ブリッグズ船長夫妻と幼い娘、そして7人の船乗りは二度と姿を現しませんでした。

帆船は、無人で海を漂っていたうえに、乗っていた人の行方は全くつかめない。

乗組員に何が起きたのか?想像は無限に広まります。

ですがメアリーセレスト号の話は全て可能性に過ぎません。

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メアリーセレスト号の疑惑

デイ・グラシア号の船長は船を港に搬送した報酬を要求します。

当局は彼を疑いました。

船長が、偶然無人の船を発見したというのは事実でしょうか?

海事裁判所事務官のフレデリック・ソリー・フラッドがこの一件を耳にしました。

フラッドはすぐに不信を抱き船の状態の良さから策略を疑います。

二隻の船の乗組員が共謀し海難救助の賞金を得ようとしている!?と考えたのです。

ソリー・フラッドは公聴会を要請。しかし詐欺の証拠は見つかりませんでした。

連日、公聴会のニュースと共に様々な噂が流れます。

血まみれの剣が船長室で見つかったとか、手すりに血が付いていたというのです。

検事総長は不正を疑い、一方で様々な憶測が飛び交いました。

乗組員の反乱もとりただされましたが暴動が起きた形跡はどこにもありません。

死亡されたとするブリッグズ船長はもはや世界的な有名人でした。

メアリーセレスト号の小説

ところが、メアリーセレスト号の噂が頂点に達した頃、『J・ハバクック・ジェフソンの証言』という小説が雑誌に投稿されます。

メアリーセレスト号の乗客だった自称するジェフソンが告発する形式でした。

そして、船は元々呪われており邪悪な乗客が乗員や船長以下を脅し遂には殺害したと書かれていたのです。

小説は反響を呼び遂には謎の答えともみられました。

本当に小説が事実なのでしょうか?

メアリーセレスト号幽霊船

確かに不吉な船ではあったようです。

元々問題のある船ででした。船が出来上がった時には三日間進水が出来なかったと伝えられています。

皆で押しても少しも動かかなかったそうです。

初航海では、出航直後に船長が病気になり港に引き返しました。

そして、船長は亡くなりました。

ブリック船長でさえ呪われていたという話があります。

近い親戚は皆、海で恐ろしい不慮の死を遂げていたのです。

報酬は良いのに、呪われた船だと拒んだ船乗りもいたそうです。

呪われた船でないなら、メアリーセレスト号に何が起きたのでしょう?

乗組員が失踪した船の話は、立派な帆船に勇敢な探検家が乗っていた時代の産物の様に感じます。

ところが、今もあるのです。

海賊船の仕業?

2003年1月8日、オーストラリア大陸の275キロ沖はまさに釣り日和でした。

マグロを満載にした台湾のトロール船が見つかります。

でも、様子が変でした。

腐敗したマグロ、カラの燃料タンク、電気も落ちています、そして乗組員はいませんでした。

けれども、船の状態は良好で乗組員の私物もそのまま、争った形跡もなければ悪天候だった気配もありません。

船の発見から数週間後、捜査当局は重大な手がかりを見つけました。

失踪した機関長の携帯電話の請求書を入手したのです。

そこには、失踪後の通話記録もありました。

電話は機関長から第三者の手に渡っていたのです。

乗組員が姿を消すまでの経緯はあそらくこおいった筋書きでしょう。

ほぼ確実に何かから逃れようとしていたのだと思います。

フルスロットルで走り燃料が尽きました。

黒ひげこそ付けていないでしょうが、現代版の海賊達がトロール船を襲ったのだと思います。

海賊行為は、海を横断するようになって以来こんにちまでずっと起きています。

海賊は、まず船を襲撃しまと乗組員を次々に海へ放り投げ船を占領します。

そして、略奪を終えると海賊は船を捨てて逃げ去ります。

海賊の問題は以前より深刻になっています。

メアリーセレスト号も、おそらく海賊の餌食になったのか?

しかし、この年代に海賊はまだ身を潜めていました。

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小説はコナン・ドイルのでっち上げ

海賊の仕業でなければ何が起きたのでしょう?では小説の話は・・・

この小説は、コナン・ドイルが架空の人物を作り上げた人物だったのです。

小説家反響を呼んだドイルは後に「シャーロックホームズ」というキャラクターを生む出します。

ドイルは、匿名でキャラクターを作り上げ世間を騒がしその反響を将来利用しようと思ったのでしょう。

小説の中のお茶が湯気を出していたというのも全部、嘘だったのです。

メアリーセレスト号乗組員消息の仮説

しかし、メアリーセレスト号が太平洋で無人の状態で発見された事実は残ります。

乗組員とブリック一家に何が起きたのでしょう?

興味深い記録は、酒樽のアルコールが五つ程漏れていたというのです。

長年それは酒だったと信じられていました。

しかし船は工業団地のハンターズポイントで荷物を積み込んでいます。

そこは酒ではなくホルムアルデヒドのような有害化学物質を生産する地域でした。

あるいは、エタノールです。

メアリーセレスト号は、嵐にあい乗組員は船室に籠りました。

ところが嵐で樽が割れ有害物質が流失。

有毒ガスが立ち込めます。

めまいや、幻覚を引き起こし、天候が落ち着くと皆、甲板に出ました。

船内の空気を入れ替える間、救命ボートに避難します。

ところが、トップセイロを畳まなかったため帆が風を受け船が進み始めました。

救命ボートは、ロープで船につないであったが負荷にロープが耐えきれず切れてしまったのです。

船内の空気は、発見されるまでに浄化されていました。

乗組員たちは、何千キロも海を漂った挙句飢えと体力の低下で命を落としていったのでしょう。

あくまでも仮説でですが。

謎は、未だ解明されないままです。

 

 

 

 

 

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