MUFONケースファイル「日本航空1628便特別貨物便事件」の謎に迫る!

スポンサーリンク




HANGAR 1 には50年に及ぶUFO現象の記録がある。

その多くがパイロットの証言によるものだ。

沈黙の掟を破れば処分を受ける可能性がある。

1986年11月17日 日本航空1628特別貨物便事件の謎に迫る!

MUFONケースファイル

日本航空1628特別貨物便事件

1986年11月17日、寺内機長が操縦する日本航空の貨物便は北極圏を飛行していた。

寺内機長は、元戦闘機パイロットで飛行経験は1万時間、副操縦士、航空機関士と共にアラスカに向かっていました。

やがて機長は、遠くの物体に目をとめる。

遥か前方に光が2つ見えました。

軍用機だと思ったそうです。

前方に見えたその光は、速度、高度、方向共に飛行機とほぼ同じでした。

しかし、管制塔のレーダーには何も映ってなかったのです。

レーダーが探知できない!この未確認飛行物体はその後、信じられない様な動きを見せ始めました。

2つの光はせわしなく動き回り、まるで子熊がじゃれあっているようだったと機長は語っています。

スポンサーリンク




寺内機長の証言

重力が存在しない様な飛び方でした。

更にUFOは、危険なアクロバットを行う。

片方が飛行機の150m程前方に移動し、炎を噴射し始めます。

UFOが側を通り過ぎる時、寺内機長は噴射の熱を感じたそうです。

そして機長たちが見つめる中、UFOは猛スピードで立ち去りました。

2つのUFOが消えた後、3つ目が現われます。

まず目に入ったのは、平らな白い光で速度や高度は飛行機とほぼ同じでした。

最後に目撃したUFOを、機長は母船と表現しています。

とてつもなく大きな丸い形の飛行物体で中ほどに平らな白いライトのついた輪がありました。

機長は、窓から巨大なUFOをじっくり観察しました。

航空母艦を2隻重ねた程の大きさだったそうです。

小さな物体が、光が舞うように出たり入ったりしていました。

UFOの目的を考えゾットしました。

寺内機長は、謎の物体を振り切ろうと決意します。

管制塔と常に連絡を取りながら、何度も方向転換を試みました。

ようやく、管制塔もレーダーでUFOを確認。

日航機を護衛する為、F15戦闘機を緊急発進させる事を提案する

しかし、寺内機長はそれを断った!

最新鋭の戦闘機でも未知の科学技術を持つ生物にはかなわないのではと思ったからです。

およそ1時間後、機長と乗組員はようやくUFOから逃れられたと考え安堵する。

「いなくなったと思ってホッとしました。」

でも、後ろを見ると宇宙船は同じ場所にいました。

まだ後ろをついてきていたのです。

最終的にUFOは、姿を消し日航機は無事アンガレッジに着陸できた。

スポンサーリンク




連邦航空局のよる調査

寺内機長の報告を受けて連邦航空局は調査を始める。

当時、連邦航空局の事故調査部長だったのはジョン・キャラハンです。

キャラハンは、操縦室のボイステープを入手しました。

会話を録音したテープです。

それと、レーダー記録を組み合わせたビデオテープを作ればレーダーの映像を確認しながら当時交わされた会話を聞けるわけです。

このビデオは、レーダーに映った飛行物体と寺内機長らの目撃報告が一致している事を示す非常に有力な証拠となりました。

だが、調査開始から数日のうちにキャラハンはICAの予期せぬ訪問を受ける。

キャラハンは、証拠を全てFBI、CIA、大統領の調査チームに提出しろと命じられました

そして、提出し終わると、CIA捜査官にこう言い渡されたそうです。

事件は起こってないし、我々もここに来ていない。証拠は没収する!秘密は厳守しろ!

録音テープなどの証拠は、全て没収されたが1つ見落としがあった。

寺内機長だ!

寺内機長はUFOを見たと報告しました。

そういうしかなかったからです。

しかし、日本の新聞に喋ったのはまずかったかもしれません。

日本航空は、不快だったでしょう。

寺内機長は、申し分のない実績を持つにも関わらずパイロットの職を外され地上勤務にまわされました。

UFOの目撃事件の事を公に話したからだと思います。

UFO事件の事を話したパイロットは、皆罰せられるのだろうか?

HANGAR1のUFOファイルを詳しく調べれば答えが分かる!

 

 

スポンサーリンク