UFO目撃事件とプロジェクトブルーブック組織の謎に迫る!

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世界中のパイロットからのUFO目撃報告が数多く記録されている。

だが、それらは正式に報告されず当局の調査も受けない場合が多い。

会社や当局に報告すれパイロットが厳しい処分を受けるからであろうか?

しかし、ファイルを詳しく調べるとそうならなかった事もあった。

UFO目撃事件とブルーブックの謎に迫る!

 

1950年代、特に1952年はパイロットのUFO目撃事件が多い年でした。

「ナッシュフォーテンベリーUFO目撃事件」

1952年7月14日 午後9時

パンアメリカ航空の旅客機が、、ヴァージニア州南東付近上を飛行中その下を奇妙な物体が飛んでいたという。

目撃した2人のパイロットの話によとると、2人が下を見るとUFOが編隊を組んで飛んでいたんです。

2人はUFOの特徴を詳し述べています。

6基のUFOは、燃えるようなオレンジ色の明るい光を放ちながら斜め横一列の編隊を組んで飛んでいました。

地形を元に飛行速度を測ったところ、なんと時速2万キロ近いスピードでした。

パイロットたちが見ていると、UFO編隊はいきなり進路を変える。

そして、更に2基のUFOが突然現れ編隊に加わった。

8基のUFOが当時の飛行機の速度をはるかに超えるスピードで飛んでいたのです。

2人のパイロットは、この飛行物体は知能の高い者が操作してるに違いないと報告書に書いてあります。

UFOはあり得ない速度で空をビュンビュン飛び回っていました。

2人は、これから突っ込んで来るのか?攻撃してくるのか?と考えます。

するとまた、隊形が変わりました。

UFOは、飛行機より高い位置まで上昇し1つずつライトが消えていく。

そして、再び現れる事はなかった。

 

目撃者の、ナッシュとフォーテンベリーはパイロットで一般の人とは明らかに違います。

2人は最新の飛行機について良く知っていました。

目撃したフォーテンベリーは第二次大戦中、航空実験部隊にいてナッシュは実験機と潜水艦の識別係でした。

そんなベテランパイロットも仰天する事件だった。

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ナッシュ副操縦士の証言

「突然ライトが全て消えましたが、すぐまた点いて優雅なこうを描いて上昇して行きました。

また現れるかと空を見ましたが、それきりでした。我々は確かに空飛ぶ円盤を見たんです。」

 

プロジェクトブルーブック組織

目撃したナッシュとフォーテンベリーは、航空会社と軍にUFO目撃を報告した。

この目撃事件が今起きたのであれば、おそらくそれで終わったでしょう。

しかし、1952年当時はUFOに関して今ほど秘密主義ではなく、もっとオープンだったんです。

事件はメディアの注目を浴び、航空会社も隠しませんでした。

パンアメリカン航空は、ナッシュ達の報告を信じこの空飛ぶ円盤は想像を産物などではないと発表する。

アメリカ空軍はパイロットの報告を重視していました。

多くの時間を空で過ご経験豊富な彼らの言葉に耳を傾けたのです。

この様な事件に刺激されて政府は、正式なUFO調査機関を作る事を決意する。

1952年パイロット達の報告を調査すべく「プロジェクトブルーブック」が立ち上げられた。

 

この組織には、目的が2つありました。

目撃情報を科学的に分析することと、国にとってのUFOの危険性を評価することです。

プロジェクトブルーブックは、数千件に及ぶパイロットからの報告を調査した。

その中にはUFO否定派として有名だったパイロットが自ら目撃した事件もありました。

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1956年11月14日 W・Jハル機長UFO目撃事件

キャピタル航空77便でアラバマへ向かっていた。

ハル機長の証言

隕石の光だと思いました。隕石が地球の下層大気に突入する時の様に急激に速度を落としたからです。

いつもの様にパッと燃え尽きるだろうと思って見ていました。

突然その物体は上下左右に動き出し瞬時に90度回転して見せます。そして30秒後、飛行機の前で突然止まりました。

暫くしてその物体は再び動き出し猛スピードで飛び去って行った。

機長の話によればUFOは、メキシコ湾の方へ飛んで行き物凄い角度で急上昇します。

そして、瞬く間に小さくなり空にのみこまれたそうです。

その後、ハル機長はUFO否定派でなくなりました。UFO信者に変わったのです

UFO否定派も、自ら見ればUFOを信じる様になるのか?当局はそうした事件を隠したいのだろうか?

UFOが飛行機に衝突し、危うく大惨事となりかけた事件も起きる。

後5キロで着陸に入ろうとした時、3つの物体が横切ったと連絡が入りました。

そして救難信号、飛行機が制御不能になったのです。

 

プロジェクトブルーブックの解散

1956年にはプロジェクトブルーブックの有効性が疑わしくなっていた。

プロジェクトブルーブックの役割は、目撃情報を調査し未知の物体が何なのかその正体を突き止める事でした。

もし正体がわからなければも、もうそこで終わりなのです。

UFO事件の記録がまとめられましたが、やはりその正体、何処から来たのかも全く分かりませんでした。

やがて、目撃事件を無視したり、嘲笑ったりする傾向が見え始めます。

そして、パイロットの報告も歓迎されなくなりました。

実はUFO現象は何としても排除せよという政府の指示があったのです。

1950年代後半にはパイロットが目撃を報告しずらい雰囲気になり始めました。

1969年「プロジェクトブルーブック」は閉鎖されUFO現象に取り組む組織はなくなりました。

プロジェクトブルーブックが閉鎖され、アメリカ政府はUFOは存在しないという公式見解を示す。

臭い物に蓋をするという事ですね。

UFOは20年足らずで、調査すべきものから目を背ける物に変わったのです。

 

 

 

 

 

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