ピラミッド建造の謎!ピラミッド・コンプレックスは日本にも存在した!

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ピラミッドには、世界中の学者が長年かけて研究、検証をしても、いまだ解明されない大きな謎があるのです。

それは、ピラミッドは何のために作られたのか?

ピラミッドも代表格ギザの三大ピラミッド。

第四王朝時代のファラオ、クフ、カフラー、メンカウラーの為に造られたとされるピラミッドは、

古王国時代の中でも規模・技術が最も充実したものである。

ピラミッド建造の定説

ピラミッドの設計の正確さ

特筆すべきは、ピラミッドの設計と方角が非常に正確であることと、

固い岩盤の上に建っている立地です。

クフ王のピラミッドは最大規模。

建設当時の高さは146.6m底辺は1辺が230mのほぼ正方形。

四辺がほぼ東西南北を向いており、その誤差は0.05度未満という精度。

平均2.5トンの石材を約300万個積み上げている。

砂漠の上に建っているイメージだが、実は岩の崖の上に建っている。

固い岩盤地帯を230m四方水平に整地した上に精密さを保ったまま建造された為、

4700年経た現在でもその姿をとどめている。

ピラミッドを作った古代エジプト人の技術がどれ程優れていたのか?

なんと・・・今でもピラミッドは水平を保っているのである。

実はピラミッドは現在の様な階段状ではなく、表面に石灰岩の化粧石が施され全体が白く輝いていたという。

また、ピラミッド一番上に積まれた四角推の石がキャップストーン!

太陽神ラーの霊が宿るとされていた。

太陽神ラーとは、エジプト神話の神 太陽信仰の象徴的存在。

これ程までに精密な製造をされたピラミッドは一体、

何の目的のために作られたのか?

第一の説 

最も広く知られている説 それは「ピラミッドは王の墓である」

なぜ王の墓と言われているのか?

古代ギリシャの歴史家ヘロドトスは「歴史」という本に、

「大ピラミッドは10万人のエジプト国民が20年間働かされて作ったクフというファラオの墓である」と書いてあるのです。

古代エジプトには、もともと王の墓として作られていたものがある。

それは、マスタバと呼ばれる、地下の墓の上に長方形の建造物を築いたもの。

初期王朝時代より王族・貴族の墓として作られていた。

このマスタバが発展して巨大なピラミッドが作られたと考えられるのだ。

第二の説

ピラミッドは、巨大な天文時計として作られたものです。

ピラミッドが正午に作る影は冬から春にかけて短くなり、

春分の日の正午には、完全に影が無くなってしまいます。

これは、春分の正午の日照角度にピッタリ合うように計算されてピラミッドの傾斜角が作られているからです。

逆に秋分を過ぎると、再び正午に影が生じる様になるという。

ピラミッドが、毎年の春分と秋分を正確に示す事で古代エジプト人は、

1年の長さを把握していたと考えられます。

当時のエジプト人にとって暦はナイル川の氾濫や、農作業の時期を予測するための

極めて重要なものでした。

これまで語られてきた王の墓説・天文時計説はたして本当にそうだったのでしょうか?

ピラミッドの正体は・・・?

エジプトで50年近くも研究調査を続ける吉村作治教授によると

ピラミッドは王の墓ではない!

数あるピラミッドの中でミイラは1体も見つかっていないというのだ!

王の間 石棺 しかしこれは後世の人がつけた名前。

実際には何のためであるか分かっていないのである。

ではなぜ定説とされてきたのか?

ヘロドトスがピラミッドは王の墓だと言ったと言われているが全くの嘘!

王様の墓だ」と言うのを聞いたと書かれているのだ。

ヘロドトスの「歴史」はピラミッド建造から2000年後。

更にピラミッドは「王の墓」説を覆す事実が!

第四王朝のクフ王の父は生涯に5つものピラミッドを建設した。

墓であれば5つも作るのはおかしな話である

遺体は1つに対しピラミッド5つ作ることは墓ではないという事になる。

ピラミッドはシンメトリー左右対称

実は、ピラミッド内部で発見されている空間は中心から、やや東よりにある。

一見不自然に思える設計だが、電磁波レーダー探査で西側にも未発見の通路が存在する事が分かった。

600万tを支える内部構造が、バランスを欠く非対称な作りになっているとは考えにくい!

つまり西寄りにも同じ空間があると考えられるのだ。

では、「天時計説」はどうなのか?

ピラミッドは、天文時計ではない!

古代エジプトには、既に極めて精度な天文知識があったので天文時計など不要なのだ。

すでに天文知識があったからこそピラミッドを作ることが出来たのである。

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では、なぜ巨大なピラミッド建造したのか?

古代エジプトでは、ナイル川を挟んで

日が昇る側を現世

日が沈む側を来世

ですから、ピラミッドは全てナイル川の西側に存在するのだ。

したがってピラミッドは来世の建物と考えられる

カフラ王のピラミッドをの周辺には来世に関連した建造物が残されている。

ピラミッドの東には有名な大スフィンクスが鎮座している。

スフィンクスは、古代エジプト語で「シェプス・アンク

すなわち=再生復活の神

元々、スフィンクスがあってそこにピラミッドが作られたという事です。

スフィンクスの隣にあるのが河岸神殿

石の運搬の為の船着き場近くに作られた。

口開けの儀式

ミイラにされた王の遺体がここに運ばれ肉体と魂を分離する儀式が行われた。

河岸神殿を抜けた先には長い参道がピラミッドの方向へと続く。

河岸神殿で肉体と魂が離れて、魂がこの参道を真っすぐにピラミッドに向かっていく。

参道の先にはピラミッド前の上神殿、今はその石組だけが残る。

神話によると、肉体と離れた魂は参道を登って上神殿でピラミッドに入魂される。

河岸神殿→参道→上神殿→ピラミッド

つまり、ピラミッド単体で意味を成すものでなく、

宗教施設の集合体として成り立っているのだ。

それが・・・ピラミッド・コンプレックス

実は、ピラミッドもスフィンクスも宗教施設の集合体の中の1つだというのだ。

それを裏付ける場所が存在する。

それは、サッカラにある。

古代ピラミッドで最初に作られたと言われる階段ピラミッド(BC2600)

ここを訪れる人は南東にある入り口から薄暗い石柱回廊と通り、

急に広く明るい中庭に出て巨大な階段ピラミッドを見る事になる。

長方形の敷地内に無駄なく整然と施設が配置されている。

首位を外壁に囲まれたそこは、まさに宗教施設の集合体。

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ピラミッド・コンプレックスの目的とは?

ピラミッド・コンプレックスは死後の世界そのものなのです。

ミイラを作っていることからも分かるが古代エジプト人にとって

死はただ人生の終わりではなく死後の世界で第二の人生を始める訳です。

現世の儀式は神殿で行われ、来世の儀式はピラミッドで行われる。

ピラミッドは来世の神々がやってきてファラオの霊と共に儀式を行ったり旅立ったりする場所なのです。

ですから、ピラミッドの中に空間があっても人間が入る必要がない為、ピラミッドの通路は塞がれていて狭いのもその為なのです。

現世とは対極にある世界が広がる 

この世ならざる場所

ピラミッド・コンプレックス

来世での生まれ変わりを強く信じる古代エジプトの人々にとってそこは・・・

死後の世界そのものの神聖な場所だった。

ピラミッド・コンプレックスは古代エジプトだけでなく海を渡り日本に伝来

エジプトから日本まで伝わったものとは?

ピラミッド・コンプレックスをルーツとしているのが神社なのです。

ピラミッド・コンプレックスの構成と神社の構成が一致。

神社の構成は

鳥居→通路→拝殿→本殿

それから日本の神社に対で置かれている狛犬のルーツはスフィンクスなのです。

また、古代エジプトのオペトの祭り

古代エジプトの収穫祈願祭アメン神の像を神輿に入れ神官が担ぎます。

日本の祭りの神輿と非常に似ています。

ピラミッド・コンプレックスが3000年かけてシルクロードを渡り、

遂に東の果て日本に辿り着いたです。

 

 

 

 

 

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