【衝撃】もし再び、関東大震災が発生すれば東京で何が起こるのか?の謎に迫る!

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東京湾に浮かぶ人工島。

ここで今、次に首都を襲う地震の監視が行われています。

超高感度の地震計で、微小な地震を観測。

次なる巨大地震の予兆を捉えようとしています。

関東平野の足元では、東日本大震災のあと地震の回数が不気味に増加しています。

地震活動が多くなっているということを考えると、そろそろその次の関東地震関東大震災を起こしたような、非常に大きな地震が起きることも考えておく必要がある。

今からちょうど90年前、近代都市として発展していた首都東京が、

マグニチュード7.9の巨大地震に襲われました。

関東大震災です

皇居前に広がるオフィス街、東京丸の内。

90年前、この場所は炎に包まれた。

人々は必死の消火活動を行った。

日本を代表する観光地の浅草。

仲店に立ち並んでいた店が、すべて焼け落ちました。

下町を流れる隅田川、多くの人が炎から逃れようとしてここで命を落としました。

死者行方不明者

10万5千人

日本の歴史上、最悪の震災でした。

しかし、どのような揺れが町を襲い、なぜ多くの命が奪われたのか?

未だ解明されていない多くの謎が残されています。

関東大震災は、科学的な記録が初めて残された巨大地震でもありました。

貴重な記録を残したのだ。

日本の地震学の礎を築いた、地震学者「今村明恒」

震災の前から、地震に備え記録することの大切さを訴えていました。

しかし、今村の残した記録は時と共に忘れ去られ眠ってきました。

日本は過去いくども地震に見舞われながら、教訓を生かし切ることが出来ませんでした。

その反省から科学者たちは、過去の地震にこそ未来を知る手がかりがあると思い、今村たちが残した記録、を最新の科学で紐解こうとしています。

関東大震災の地震のメカニズムを解析した結果、将来のリスクが浮かび上がってきました。

繰り返し10分間も続く長く激しい揺れ。

「震度7」その揺れが及ぶ面積は、阪神淡路大震災の20倍近くのなることが分かってきました。

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巨大地震

首都の真下で起こる地震の、本当の恐ろしさを私達はまだ知りません!

もし再び、関東大震災が発生すれば東京で何が起こるのか?

この90年の間に新たに造成された埋立地や住宅街を、激しい揺れが狙い撃ちにします!

都市化が進み、人口が集中したことでかつて考えられなかったような被害が予測されるのです。

最新の科学で、地震の謎に挑む!

関東大震災の実像を蘇らせさせ、今も首都の真下に潜む恐怖を探ります。

関東大震災の惨状を伝える貴重な映像が残されていました。

撮影したのはイギリスのカメラマン。

カメラを布に包んで隠し撮りをしたそうです。

震災直後戒厳令が出され東京は、軍の東勢下に置かれていました。

そこには、廃墟となった東京築地が映し出されてます。

世界各地に残されていた映像を収集し分析した結果。

知られざる被害の実態が明らかになりました。

浅草の映像には、当時珍しかった高層建築凌雲閣が映っていました。

もともと12階建てだったこの建物、8階までしかありません。

そこから上の階は崩落したのです。

地震は、神奈川県にも甚大な被害を及ぼしていたことが映像から分かってきました。

3階建ての木造住宅、1階部分が押しつぶされています。

横浜港では、埋め立てて作った完璧が損壊、液状化現象によるものと見られています。

土砂災害が頻発し、住宅や道路が飲み込まれました。

被害は、揺れによるものだけではないことも分かってきました。

橋に引っかかっているのは大きな船。

津波の被害の跡です。

津波は、海岸線からおよそ1キロ内陸まで押し寄せました。

津波の高さは、およそ9メートルと推定されています。

そして、首都東京。

ここでの被害を拡大させたのは火災でした。

首都圏が広範囲にわたって、ありとあらゆる地震災害に見舞われていたことが分かってきました。

こうした被害は、どのようにしてもたらされたのか?

手がかりとなる科学者の貴重な記録が眠っていました。

関東大震災の揺れを捉えた波形です。

この記録を残したのは、東京帝国大学助教授だった、今村明恒です。

今村は、日本の地震学の先駆者として地震の予測に生涯を捧げた人物です。

関東大震災よりも前に、東京大地震が襲うと予測し警鐘を鳴らしていました。

関東大震災の18年前

当時地震学は始まったばかりの学問、何をするにも手探りの状態でしたした。

今村は、古文書などから記録をかき集め、次の大地震がいつ発生するか予測しようとしていました。

今村は・・・

最近例はこの3回

1649年

1703年

1855年

「わずか200年間に3回の頻度で発生しています。

そして今、前回の地震から50年経過してます。

近い将来、再び大地震が起こる可能性が高いと考えられます。

そうなれば、大惨事になることは明らかです。」と語った。

明治時代の末期

東京は急速に人口が増加していました。

多くの人は木造住宅に住み、釜戸や七輪が使われていました。

今の東京は、あまり勢じゃすぎる。

木造家屋が倒壊する、それはがりでなく至る所で大火災が起こる。

犠牲者

10万から20万人

地震への備えの重要性を市民に伝えなければならない。

今村は、当時人気の高かった雑誌に論文を掲載しました。

ところが、今村の論文は意図せぬ大きな波紋を生んでしまいます。

地震は、すぐにでも来るのではないか!と

東京から逃げ出す人が現れるほどの大騒ぎになったのです。

これが、今村博士の大地震襲来説。

 

現代の東京でも、大地震の前兆が現れています。

しかし、これ程までに近代化した東京を再び大地震が襲ったとしたら・・・

どれ程の、犠牲者が出るのであろうか?

また、日本経済に対する損失は国を崩壊へと導く恐れすらあるのだ。

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