【驚愕の真実を暴く!】「三億円事件は解決してた」謎に迫る!

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昭和43年に起きた日本犯罪史上最大のミステリー「三億円事件

現在の価値にすると、二十億円ともいわれる現金が何者かによって強奪。

昭和50年(1975年)12月10日時効成立。

犯人逮捕に至らぬまま時効を迎えた未解決事件。

それから40年以上がたった今、驚くべき事実が浮かび上がった。

なんと警察は、三億円事件の代名詞ともいえる犯人のモンタージュ写真。

時効成立の1年前に取り下げていた。

事件を追い続けた元記者が語る三億円事件の真相!

そこには、いったい何が隠されていたのか?

日本最大ミステリー驚愕の真相を暴く!

【三億円事件は解決していた】

事件が起きたのは、今から48年前の昭和43年(1968年)12月10日午前9時20分。

この日は、土砂降りの雨だった。

東芝府中工場の従業員4525人のボーナスおよそ三億円を積んだ現金輸送車が、工場まであと200mという地点で、追い抜いてきた白バイ警官によって停車を指示された。

「この車にダイナマイトがいかけられている!」

白バイ警官に成りすました犯人は、現金輸送車の下に発煙筒を投下。

4人の銀行員が慌てて逃げだすのを見ると、素早く運転席に乗り込みそのまま三億円ごと姿をくらました。

事件発生当初、犯行で使われた偽装の白バイをはじめ、発見された遺留品が124点と多いことから、警察は早期解決をにらんでいた!

だが、大量生産、大量消費の時代、遺留品の大半は何処でも手に入るものばかり。

犯人逮捕の決め手にはならなかった。

捜査員のべ17万人、捜査費用およそ9億7千万円。

捜査対象者実に、11万8千人。

前代未聞の大騒動遂に迷宮入り

事件発生から7年後遂に時効が成立したのであった。

事件は何故迷宮入りしたのか?

48年という歳月が経った今、この未解事件の真相をつかむべく徹底調査を開始。

すると3億円事件の謎に迫る驚べき新聞記事を発見した。

なんと警察は、3億円事件の代名詞ともいえる犯人のモンタージュ写真を時効成立の1年前に取り下げていたのだ。

モンタージュ写真が示す真犯人とは?

更に事件の裏に隠された警察の謀略とは?

記事には、モンタージュ写真の犯人像を捨てて捜査を振り出しに戻す方針と書かれていた。

しかし、この事件に寄せられた情報の9割が、モンタージュ写真に関するもの。

それを警察は、何故捨てたのか?

そもそもこのモンタージュ写真は、いつどのようにしてつ作られたのか?

元警視庁捜査1課長の田宮氏によると、「モンタージュ写真とは、目撃者!この事件では被害にあった銀行員の証言で記憶が薄れない早い段階で作成されたという。また、捜査のなかで重要な不審者というのが浮上しているが、その中に19歳の少年Aという人物がいた」という。

重要人物A少年

このモンタージュ写真取り下げの裏には、驚くべき事件の真相が隠されていた!

当時、記者として事件を続けた大下氏の話によると・・・

「当時、週刊文集の記者としてこの3億円事件を追っていたが、ある人にA少年の写真を見せてもらったんですけど、まさにモンタージュ写真そっくりだった」という。

なんと、大下氏によると警察がマークしていた人物少年Aとは、犯人のモンタージュ写真に酷似した重要人物だった!

少年Aは、現場周辺で窃盗を繰り返していた非行少年グループのリーダー格。

父親は、白バイ隊員である現職の警察官であった。

事件発生の数日前、少年Aは入所していた鑑別所を脱走。

現場で目撃された人相や、体格が似ている。

事件の9ヵ月前には、グループの仲間が発煙筒を使って強奪事件を起こしている。

警察は幾つかの状況証拠から、少年Aを重要人物としてマークしていた。

そして、警察は少年Aが未成年という事と、父親が現職の警察官ということから慎重な捜査を進めていた。

ところが事件発生から5日後、少年Aは潜伏していた自宅で服毒自殺を遂げてしまったのだ。

だが少年Aが自殺した6日後、警察から公表されたは重要人物であった少年Aに酷似したモンタージュ写真だった。

なんと、事件は解決していた

それならば、何故警察は少年Aに似たモンタージュ写真を公表し、情報を呼び掛けたのだろうか?

当時、学生運動が盛んだった。

特にこの3億円事件が起こった三多摩地区というのは、学生の活動家が一番多かったのだ。

確かに、当時の日本は昭和30年代に起きた安保闘争の後、機動隊と学生の衝突が各所で繰り広げられていた。

警察は、3億円事件の捜査を進める一方で学生運動の活動家を情報を得る為に「ローラー作戦」という聞き込み調査を行っていたという。

元警視庁捜査1課長の田宮氏は、「警察当局も大量の人員を投入してローラー作戦で一件一件虱潰しに人物を洗い出していく、そういう意気込みだった」という。

果たして事件の5日後に服毒自殺を遂げた少年Aは、本当に犯人だったのか?

そして奪われた3億円はどこに消えたのか!?

これは、学生運動を撲滅するための警察の陰謀だったのかもしれない。

 

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