インカ帝国にまつわる新発見!日本人ルーツ説の謎に迫る!

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13世紀~16世紀にかけ繁栄したインカ帝国

最盛期は、北はコロンビアからチリまで領土を拡大

この南米最大の帝国が、日本人の祖先であった可能性があるのだ!

インカ帝国にまつわる新発見

南米ペルーとボリビアの国境にあるチチカカ湖の底からインカ帝国時代の、

動物の石像など計2000点の財宝が発見された。

一体なぜ湖底から?

一説には1533年スペインに侵略された際、海底に隠した!?

インカ帝国を征服したスペインは黄金の都と呼ばれたインカ帝国から、

大量の黄金を持ち出しました。

インカ帝国の人々は、文字すら持っていないのに高度な文明を持ち短期間で領土を拡張した。

それ故、彼らについては今も多くの謎に包まれている。

果たして彼らは何処からやって来たのか?

南米アンデスの山中、標高2400mの尾根に突然と現れる空中都市。

マチュピチュ

およそ5㎢の敷地の中には、メイン広場を中心に石組みの建造物が200個程建ち並ぶ。

これらは、宮殿や家屋だったと考えられている。

広場を見渡す位置に作られた主神殿

最大級の巨石を使って作られており太陽に祈りを捧げる儀礼の場だった。

その為、マチュピチュは重要な宗教施設とも考えられている。

人類の創造的才能を表現する傑作として、また一際優れた自然美などが評価され、

1983年 文化・自然の価値を兼ね備えた複合遺産として世界遺産に登録された。

彼らは、山の斜面にアンデスの語源となったアンデネス(段々畑)を作った。

更に高度な灌漑技術で山の湧水を集め段々畑に流れて行くよう設計。

太陽の神殿

窓から入ってくる光の角度を計測する事で夏至と冬至の日を見極め、

作づけの時期を導きだしていたのだ!

また、情報収集機能も高くインカ道と呼ばれる整備された道路を領土内に張り巡らせた。

インカ道には、2キロ沖に飛脚が待機し、領土内の情報は直ぐに王のもとに伝わった。

そして、文字を持たなかった彼らはキープと呼ばれる縄文字を使い様々な情報を把握。

インカ帝国を作ったのはクスコの少人数のグループに過ぎなかったが、

15世紀の中頃から急速に勢力を広め100年の内に南米大陸のおよそ6分の1の面積と、

約1000万人以上を超える人口を統治するまでになった。

しかし、なぜこれほどの大文明を築くことが出来たのだろうか?

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インカの民とは一体何者だったのか?

そんなインカの人々について衝撃的な研究結果が明らかになりました。

最新の研究で、南米の人と日本人が同一の染色体のタイプを持つと判明!

インカ帝国を作ったのは日本人だったのだ!。

日本人ルーツ説の真相とは

高度な文明を持ち短期間で次々と領土を広げていったインカ帝国。

考古学者の権威で文化庁と務めたフェデリコ・カウフマン・ドイグによると。

「インカ帝国を作ったのは少数のグループだったそうです。

彼らは13世紀から14世紀頃 後に帝国の首都となるクスコから

領土を拡張を開始したと言われています。

しかし、その人たちがどこから来たのかは文献が残っていない為、

詳細は分かっていません。」と語る。

伝説によればインカ初代皇帝マンコ・カパックはチチカカ湖に降臨した際、

第一歩を踏み出したのがチチカカ湖と言われている。

しかし、文字を持たなかった彼らの起源は歴史的・科学的に証明されていない。

カウフマンさんは、学生の頃日本人ルーツ説を良く聞いたそうである。

多くのペルー人が、インカ帝国の皇帝は日本人だと思っていたのです。

昔のペルー人は日本人と同じ目頭の形をしています。

人種的観点において、ペルー人と日本人には何らかの関係性があると思います。

日本人起源説については元日本駐在ペルー大使フランシスコ・ロワイサが書いた文献があります。

その本が所蔵されているのはペルー国立図書館。

それは非公開の書籍であった。

サブタイトルは「インカ帝国を作ったのは日本人だった」

この本にはインカの人々は日本人の末裔だったという説が書かれています。

インカ帝国 日本人ルーツ説の重要な話

なんとインカ帝国第9代皇帝の子孫 ミゲル・アンヘル・トレス・チャベス。

彼の家に代々伝わる話があるという。

「子供の頃からインカ帝国を作ったのは日本人だと聞いていました。

インカ帝国領土内の人々はケチュア語・アイマラ語など征服した村の言葉を話ていました。

しかし、インカの王族の間だけで話されていた言葉は他の人には誰も分からない言葉だったそうです。

それが、日本語であった可能性があると聞いています。

それに、私はテレビで日本の風景などを見ると懐かしい気持ちになるのです。

科学的には証明されていませんが私の中には日本人の血が流れているのかもしれません」と語る。

なんと・・・インカ皇帝の子孫が「祖先は日本人」かもと語ったのだ!

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日本人説の航路とミイラの調査

ペルーで見つかった約1000年前のミイラの体内に残された便から、

人間の小腸に寄生する「スビ二こうちゅう」を大量に発見された。

ズビニこうちゅうは寒さに弱く0℃以下で死滅するという。

ズビ二こうちゅうが寒さに弱い事を考えるとベーリング海を渡った北方ルートは考えにくい。

2013年4月に発表されたラッツ・ローワー氏による論文では、

日本などアジアに多い遺伝子型ハプログループ(染色体の変異と種類)と、

同じ遺伝子を持つ人が南米の沿岸部にだけ存在するという事が報告されている。

なんと日本などアジアと南米の沿岸部にだけ、同じ染色体のDNAの変異を持つ人が存在するのだ。

日本人は太平洋を渡る技術を持っていたのか?

昭和薬科大学元教授 古田武彦さんによると・・・

太平洋を渡ることが出来たとはっきりと言えるという。

それは、黒潮という地球上屈指の大暖流が南米へ向かっている。

したがって、黒潮に乗れば南米に行かざるをえないのだ。

海を渡りこの地に辿り着いた日本人が遥か彼方にある古郷日本に思いをはせいたのかもしれない!

 

 

 

 

 

 

 

 

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1 個のコメント

  • もともと、英語にも日本語には「海」を意味する単語はなかった。
    古文では「わたのはら」であり、英語の「water field」である。
    では、「海」はどこからでたのか「わたつみ」すなわち「water`s god」である。
    アングロサクソンの先祖は日本人であり、日本国家(ヒムカイのくに)がコーカサス高原にあったころわかれたのだ。航海技術については、トルコ半島に住んでいたとおもわれる異民族である安曇族・出雲族を征服同化させてからだろう。BC7世紀の日本列島征服において彼らが活躍したことはいうまでもない。

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