恵まれない子供や、貧しい人たちの為に福祉施設を設立してたジョーンズタウン!
何故、カルト集団と化し集団自殺という悲惨な惨劇になってしまったのか?
事件の背景には、ジム・ジョーンズ教祖が関係していた。
ジョーンズタウン事件
テレビなどの特集などで見たことがある人は多いと思いますが。
初めて聞いて人には、かなり衝撃の事件ですので注意してください。

ガイアナのジョーンズタウンで、ジム・ジョーンズに導かれた宗教団体人民寺院の信者909人を含む918人のアメリカ人が死亡したという事件。
ジム・ジョーンズ
教祖:ジム・ジョーンズは、父親が白人至上主義団体のKKKのメンバーで、母親は貧しい人を支援するボランティア活動家でした。
そんな彼は、聖書地帯で育った為、常に聖書を持ち歩いていた。
そして彼は大人になり、1957年にPooples Temple(人民寺院)を設立。

恵まれない子供や、貧しい人たちの為に福祉施設を設立して、社会貢献したり心霊療法をして信者たちを集めていった。
規模が大きくなるにつれて彼の教祖っぷりが発揮、信者たちを奴隷の様に働かせて、ルールを守らないと拷問するようになりました。
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革命的自殺
1978年11月18日、世間やメディアによるジョン・スターンの評判が悪かったので、レオ・ライアン議員とNBCの記者が調査に向かった。
そこでは、不健康な人や脱獄したい人などが大勢いるのを目の当たりにしている。
調査を終えた彼らがセスナで帰ろうとした時に事件は起こった。
人民寺院の信者がアメリカ下院議員のレオ・ライアンやNBCの記者であるドン・ハリスの他3名を滑走路で殺害したのだ。
その出来事から40分後、ジムはパニック気味になり信者たちの前でスピーチをし、918人が一斉にシアン化物を飲み息をひきとった。
死者には303人の子供たちも含まれていたという。
白い夜のリハーサル
人民寺院は時々、ジョーンズが「白い夜」と呼ぶものを先導した。
これらの中では、ジョーンズは信者達に4つの選択肢を与えた。
それは、「ソビエト連邦へ逃亡する」、「革命的自殺」、「ジョーンズタウンに留まり襲撃者たちと戦う」、そして「ジャングルに逃げ込む」というものであった。
少なくとも2回の白い夜では、「革命的自殺」が選択され、集団自殺のリハーサルが行われた。
人民寺院の最後の会議が録音されたテープでは、「革命的自殺」のためにタンクに入った毒を飲んだ人々が記録されている。
人民寺院の離反者デボラ・レイトン の証言
子供たちを含む全員が一直線に並ばされました。
私たちには列の順に赤い液体が入れられた小さなグラスが手渡されたのです。
この液体は毒物であり、45分以内に死ぬことが出来ると説明されました。
私たちは皆、言われたようにしました。
その時が、私たちが死ぬ時が来たのだと思った時、教祖ジョーンズは、この毒は偽物で、これは忠誠度を測るテストであったと説明しました。
そして彼は、我々が自分自身の手で死ぬ必要に迫られる時まで、さほど時間は無いとも警告していました。
カルト宗教の恐ろしさを実感する事件となりました。
でか洗脳ってホント恐ろしいですね。