タイタニック号は何故沈没したのか?史上最も有名な海難事故の謎に迫る!

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世界最大の豪華客船タイタニック!

大西洋アメリカへと向かっていました。

2200人以上が乗ったこの船に、突然の悲劇が襲った。

急速に浸水し、冷たい海へと飲み込まれていく巨大な船体。

1500人以上の命が失われた。

タイタニック号は何故沈没したのか?

何故これ程の大惨事となった原因は何なのか?

人為的ミスか?それとも設計ミスなのか?

史上最も有名な海難事故の謎に迫る!

災害は偶然の産物ではありません。

何らかの連鎖的な出来事の結果です。

大惨事は何故起きてしまったのか?

その答えはこの衝撃の瞬間委隠されています。

ヨーロッパ・フランス、シエルブルー1912年4月10日

当時は大型定期船の黄金時代で、大西洋航路だけで、10年間で368隻が出向していました。

中でも有名なのは、最大速度26ノットを記録したモーレタニア号でした。

しかしそこへ新しいタイプの船が現れます。

超大型豪華客船「タイタニック号」です。

ボーイング747型機のおよそ4倍、当時としては世界最大の269mの全長を誇るこの船には姉妹船があった。

タイタニックは三姉妹船で、オリンピックとブリタニックの2隻の妹船が存在し、

それら姉妹船をまとめてオリンピッククラスと呼んでいた。

沈没事故、その後の映画などでタイタニックが有名になるが、

むしろ当時はオリンピックがその代表船であった。

タイタニック号は、アイルランドのベルファストで3年間かけて建造されました。

オリンピック号と形は同じですが、やや大きめで北大西洋の厳しい航海に耐えられる作りとなっていました。

船体を覆っていたのは、2000枚の鋼板で、それらを繋ぎ合わせるのに甲鉄とリベットが300万個使われていました。

船の建造中に8人の死者が出ています。

タイタニックには、最新の安全設備が備わっていました。

中でも、15の防水隔壁は電気制御が可能です。

その安全性への自身から、完成した船には救命ボートが20隻しか積まれませんでした。

乗員乗客の半分しか乗せる事が出来ません。

マスコミはこぞってタイタニックを区沈潜と呼びました。

タイタニックの最大速度は、23ノットです。

一等船客には立派な大階段や特別室、トルコ式の風呂などが用意されていました。

一等船室は60ポンド、現在の金額でおよそ90万円でした。

客船が利益を上げるには、現代の航空業界と同様手ごろな運賃で乗客を増やす事です。

この処女航海の時、タイタニックの乗客は1343名で定員の3分の2余りでした。

3等船客の切符は片道2ポンド、当時非熟練労働者の賃金のおよそ2週間分にあたります。

巨大な船の指揮を任されたのは、経験豊富なエドワード・J・スミス船長です。

スミス船長は、何度も処女航海を担当してきましたが、今回はその最後となるはずでした。

62歳の彼は、この航海を最後に引退しイギリスに帰り妻と暮らすつもりでいたのです。

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史上最も有名な海難事故の謎に迫る!

1912年4月13日午後5時、航海三日目を迎えたタイタニック号は、

デッキの下に問題を抱えたまま、21ノットで航行していました。

船底では、29個のボイラーが4万6千馬力のエネルギーを生み出していました。

58人の男たちが192個の石炭庫から絶え間なく石炭を入れ続けます。

その中の一人にフレット・バレットがいました。

10年に及ぶ彼の経験がこの時試されていたのです。

石炭庫の1つで12日間に渡り火災が発生していたのです

バレットは、なんとか鎮火させる事に成功しましたが、

熱による第五防水隔壁へのダメージが心配されました。

当時の金額で1億ポンド近くかけられた船。

早々と壊すわけにはいきません。

1912年4月14日午後5時、七日間に渡る航海の四日目です。

損傷を受けた第五隔壁は、ベルファストへ戻り次第検査される事になりました。

ブリッジの後ろの無線室では、ジョン・フィリップスとハロルド・ブライドが6時間の交代勤務についていました。

人が使用していたのは、マルコーニ社の最新式5キロワットの無線機です。

2裕福な乗客の為に、フィリップスが陸地とメッセージをやり取りします。

交信先はおよそ720キロ離れたカナダのレース岬でした。

フィリップスは、3件のメッセージを受信していましたが、

そのすべてが前方の氷山を警告するものでした。

ブリッジにメッセージを届けるのは、ブライドの役目です。

スミス船長は、航路の決定に慎重でした。

当時、大西洋には主な航路が2つありました。

最短は、来たよりの航路でしたが、寒い時期には流氷軍を警戒して

320キロ南寄りの航路が取られます。

この冬は、30年ぶりの暖冬で例年以上の氷山が北極圏から流れだしていました。

その為、スミス船長は南寄りの航路より、更に南に進路をとります。

こうした警戒措置を取りながらも、船の速度は落としませんでした。

今の速度を保てばニューヨークには予定通り着くはずでした。

午後8時55分、スミス船長がブリッジで状況を確認します。

そして、就寝しました。

午後時、この時ブリッジにいたのはマードック1等航海士です。

最大の心配事は、氷山でした。

この速度では船の向きを45度変えるのに1.5キロ以上の距離が必要です。

マードックの頭上30mの見張り台では、フレデリック・フリートとレジナルド・リーが2時間の見張り番についたばかりでりでした。

しかし、彼らには双眼鏡がありませんでした。

ある航海士が、双眼鏡をしまい込んだまま下船してしまってのです。

この夜は月が無く星だけが静かな海を照らしていました。

午後10時55分、無線室でフィリップスがレース岬からのかすかなメッセージを懸命に聞き取ろうとしていたその時、近くにいたカルフォルニアン号が別の通信を送ってきました。

それが、フィリップスにとっては邪魔でした。

氷山を警告する内容だったにも関わらず、「邪魔しないでくれ!レース岬と交信中だ」と返信しました。

午後11時39分、タイタニックの乗客はこの巨大な船のほんの小さな欠陥が間もなく1500人もの命を奪う事になろうとは考えてもいなかった。

世界最大の客船タイタニック号が北大西洋の冷たい海を21ノットで進んでいます。

その時、見張り台のフリートが何かを見つけます。

暗くて最初はそれが何なのか殆ど分かりませんでした。

450mまで近づくと巨大な氷山が闇に浮かびあがりました。

マードックが、直ちに進路変更を命じます。

船がゆっくりと左へ曲がり始めます。

なんとかエンジンを止めようと乗組員は必至です。

しかし、このスピードで船を止めるには800mの距離が必要でした。

もはや、手遅れです。

巨大な氷山を避ける事は出来ません。

午後11時40分、タイタニックの右舷が氷山に接触しました。

ポイラー室で働くバレットが衝突によるダメージを目の当たりにします。

突然船内に、海水が押し寄せます。

乗客の中には、衝突に気付かない者もいました。

しかし、スミス船長は心配して起きてきました。

午後11時48分、スミス船長が船内を点検します。

そして初めてその損傷の大きさを目にしました。

タイタニックの船体の前半分が浸水し始めたとの連絡が入ります。

わずか10分で水の深さは4.5mに達しました。

深夜0時、ブリッジに戻ったスミス船長に5つの区画が浸水したとの報告が入ります。

このままでは、タイタニックは2時間で沈んでしまう。

ボイラー室の男たちは、沈没までの時間を少しでも稼ごうと必死に排水を試みます。

スミス船長は20隻に全員を乗せる事は出来ないと知りながら、救命ボートの準備を命じました。

ボートに乗り切れない1500人を救うには2時間以内に救助船の到着が必要でした。

客室係が三等船室の乗客を救命ボートへ促します。

一等船客の多くは既に外に出ていました。

しかし、氷山への衝突に気付いた者は殆どいませんでした。

午前0時14分スミス船長が通信士のフィリップスに救難信号をするよう指示します。

何とか救助に来てくれる船を見つけなければなりません。

遂に郵便室が完全に浸水しました。

スミス船長は、人生で最も苦しい決断を下します。

船を捨てるのです。

そして自ら、船と共に沈む事を覚悟しました。

デッキでは、20隻の救命ボートに女性と子供が乗せられていきます。

しかし、夫を後に残す事に多くの女性が拒みました。

午前0時25分、無線室のフィリップスの努力が遂に報われます。

カルパチア号という船が呼びかけに応答したのです。

しかし、その船との距離は93キロあり到着には4時間近くかかります。

2時間前に氷山の警告をした船は、何処にいるのでしょう?

タイタニックの救難信号に気付かなかったのでしょうか?

タイタニックが、沈んでいきます。

浸水が進む一方で、2等と3等船室の乗客達が救命ボートを目指し迷路のような船内をさまよっています。

デッキでは、女性と子供がためらいながらボートに乗り込んでいました。

その時、わずか10km先に希望の光が見えました。

カルフォルニアン号でしょうか?

気付いてさえくれたら30分以内に到着出来る距離です。

直ぐに信号灯を使って救助を要請しました。

午前0時40分、必死に排水作業が行われていたボイラー室で防水隔壁が突如崩壊します。

乗客がデッキに次々と非難する中、最初のボートが下されました。

65人乗りのボートに、その時乗っていたのはわずか28人でした。

船内には、刻々と水が流れ込んでいました。

何百人も2等、3等船客が救命ボートを探し船内をさまよっています。

無線室では、懸命に救難信号を送り続けていました。

カルパチア号より早く来られる船があると知っていたからです。

デッキでは、混乱が一段と進み乗組員はボートに乗り込もうとする男性客を遮りながら、女性と子供を導いていました。

一方、近くにいる謎の船からは応答がありません。

何故、カルフォルニアン号と思しき船は答えないのでしょうか?

やがて、謎の船の明かりは闇に消えていきました。

衝突から1時間50分がたった 午前1時30分。

船内で最初の犠牲者が出ました。

郵便室にいた5人が溺れ死んだのです。

デッキでは、混乱した乗客が救命ボートに押し寄せました。

午前1時45分、最後の救命ボートが海面に下されました。

しかし船にはまだ、1500人以上が取り残されています。

船は、舳先から沈み人々は慌てて船尾へと走る。

男性のみならず、残された女性や子供も助けを求めて必死です。

衝突の2時間40分後、タイタニックの電力が遂に途絶え明かりが消えます。

705人以上の生存者が救助のあてのないまま、寒空の下を漂流していました。

午前4時30分、カルパチア号がようやく現場に到着し生存者を救出し始めます。

この船に乗り込んだ生存者の数から、多くの命が失われた事は直ぐに明らかになりました。

犠牲者となった1500人の中には、エドワード・スミス船長、ジョン・フィリップス通信士もいました。

タイタニック号沈没の謎

事故後数、週間の内にイギリスとアメリカの当局はそれぞれロンドンとニューヨークで事情聴取を行いました。

質問は4万1千件にものぼりましたが、悲劇の原因を決定づける要因は得られませんでした。

タイタニックの沈没は、事故から1世紀近くたった今でも最も飛散な海難事故と言われています。

沈没の謎は、何世代にもわたり人々の心をとらえ多くの書籍や映画が生まれました。

現在、インターネットで検索すると関連サイトは4000万件にも及びます。

中には、沈没したのはオリンピック号だったとか・・・

当時オリンピック号は、軍艦と衝突事故を起こしており不要な存在だった事や、タイタニック号には多額の保険金が掛けられていた事、また処女航海のキャンセルが相次いだ事などから、本当はタイタニック号に似せたオリンピック号を沈める事で膨大な保険金を受け取る計画があったなどと言われています。

また闇の力が働いた・・・などという説もあります。

氷山に衝突し5つの区画が浸水するとなると亀裂の長さは90mになります。

90mの亀裂では船は2時間もしないで沈没するという研究結果があります。

また、海底に沈んだタイタニック号を大きなソナーで調べたところ大きな亀裂は見つからなかったのです。

船体の材料に問題があったのでは?

冷たい海水のせいで船体の鋼板の強度が落ち氷山の衝撃で割れたのかもしれません。

タイタニックの残骸から、鋼板とそれを繋いでいたリベットが回収された。

アメリカ標準技術研究所で、金属を研究する研究員は1998年にタイタニックの船体について調査しています。

鋼板は当時としては質の高い強度だったことが判明した。

材料に問題があるとすれば、何か別の部品。

鋼板は水が入らないよう、つなぎ合わせてありました。

そして、そのつなぎ目を固定する為に、直径2.5cmのリベットが300万個。

機械や手作業で取り付けられました。

研究員の説明によると、船の建造時殆どのリベットは大きな機械で取り付けられていました。

しかし、船の前方には機会が持ち込めなかった為、そこでは手作業でリベットが取り付けられたそうです。

作業性を良くする為、それには錬鉄のリベットが使われました。

しかし、錬鉄は鋼鉄程頑丈ではないという問題があったのです。

その為、鉄にスラグという物質を混ぜる事でこの問題を解決しようとしました。

スラグを加えると、リベット全体にケイ酸塩の分子が出来き強度が高まります。

しかし、スラグの割合には注意が必要で混ぜすぎるとかえって強度を下げてしまうのです。

研究所の博士が実際にタイタニックの船体で使用されてたリベットを分析しました。

その結果、リベットの問題点が明らかになりました。

なんと、タイタニック号に使われていたリベッドはスラグの含有量が多すぎて強度を弱めている事が分かったのです。

まだ、証明はされてはいませんが、リベットが大惨事のカギを握っているかもしれません。

衝突時の衝撃でリベットが外れたと想定すれば隙間から入り込んだ水でタイタニックが沈没したと説明が付きます。

タイタニック号が使用していたのと同じリベットを用いた実験では、1万ポンドの負荷をかけると壊れてしまったのです。

しかも、実際のタイタニック号に使われていたリベットは実験で使われリベットよりも更にもろかったという事です。

粒子が大きく穴もひび割れも大きくなり早く破損してしまうのです。

つまり、スラグが作つた穴からひび割れが始まり最終的にはリベットが壊れたのが原因なのです。

真相の究明には科学的な調査が必要なのです。

 

 

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