ディアトロフ事件!犯人は〇〇〇であると断定?!

スポンサーリンク




ロシアの雪山で9人の7謎の死!
9人の7学生が雪山で奇妙な遺体が発見された。ディアトロフ事件
中でも最大の謎は彼らが何故死んだのか?
その原因が誰にも分らなかった事です。
事故死なのかそれとも殺人なのか?
ロシア最大のミステリー「ディアトロフ事件」の謎に迫る!

ディアトロフ事件

ロシア最大の最大の都市に位置する広大なウラル山脈。

未開の原生林が広がり人も殆ど住むことはない極寒の地。

そんな山奥に1959年1月にウラル工科大の学生9人が雪山登山に出発。

しかし数週間後全員遺体で発見された。

気温-30℃にも関わらず遺体の殆どが裸足で下着姿の者もいた。

防寒着やブーツはテントの中に残されたままだった。

奇妙な事に頭や肋骨を砕かれた者。

なんと舌を抜かれた遺体までいた。

彼らの多くはまるで何者かに逃れる様に後ろ無期で死んでいた。

どう考えてもただの遭難事故っではなかぅた。

しかし、当時のソ連政府はまるで何かを隠ぺいするかの様にたった4週間で捜査を打ち切り素往査はもはや闇の中へ。

事件の経緯

この事件は「ディアトロフ事件」と呼ばれロシアではJFK暗殺事件と並ぶミステリーとして様々な陰謀説が議論されてきた。

遺体となって発見されたは同じ大学で知り合った9人の仲間たち。

その内、女性は2人、リュドラミとジーナ

グループを束ねていたのがリーダーのイーゴリ・ディアトロフ。

そう彼の名を取って「ディアトロフ事件」と呼ばれている。

彼らの計画はウラル山脈北部のとある山までスノートレッキング。

そこから折り返し合わせて100kmの行程を14日間で行うというもの。

しかし、折り返し地点の手前10kmで事故が起きてしまう。

リュドラミの死体からは舌が引き抜かれていたのだ!

スポンサーリンク



9人はなぜ死んだのか?

様々な説が唱えられている。

・雪崩説

突然雪崩が発生しテントの外へ飛び出したというもの。

しかし、遺体の奇妙な傷から雪崩とは考えられない。

・軍の秘密兵器実験説

実は、この登山に参加した者の中に1人だけ生き残った者がいる。

それは,ユーリー・ユーディーン。

彼は急病を患った為、途中で引き返していた。

2013年にこの世を去ったが、彼は生前事件について奇妙な証言をしていた。

それは「捜索隊に頼まれ仲間の遺品を確認していた時、おかしな者を見つけた。それは軍が使うブーツカバーでした」

実は、軍専用の特殊なブーツカバー。

もしかすると捜索隊が到着する前に軍が現場にいた可能性がある!

いたとしたらこの現場で何をしていたのだろうか?

更にこの近辺でミサイル実験が行われていたとの情報もある。

つまり、軍の機密に触れ殺されたのではないか?

・マンシ族による襲撃説

マンシ族とは、大昔からウラル山脈に住む狩猟民族。

非常に閉鎖的で縄張り意識が強いと言われ、以前村に侵入した地質学者を殺害したとも言われている。

実際、亡くなった学生たちが残した日記に、地元の部族と激しい争いがあったとの記述がある。

その後、ソ連の秘密警察KGBがマンシ族を取り調べたが殺害の証拠は発見されなかった。

むしろマンシ族は、ここから先には立ち入るなと警告を学生たちにしていた。

学生たちを殺害したのはイエティ

メンク族の老婆の話

マンシ族の老婆は事件の当日、メンクの恐ろしいうなり声を聞いていた。

メンクとは、「森の巨人

とてつもない怪力、森で鹿が何頭も死んでいた。

みんな舌を抜かれて・・・

メンクとは

メンクは首が短く、口笛の様な奇妙な音を発します。

この音が聞こえたら危険なのです。

警戒したメンクが襲ってくる可能性があるのだとか!

メンクの好物は、生の柔らかい肉です。

鹿の内臓や舌を食べるのです。

メンクとはウラル地方の呼び名で、一般的には「イエティ」と呼ばれている。

実はこのイエティ、ロシアでは目撃情報が相次いでいる。

イエティの体長は約2.6m

そんな巨大生物に襲われたら人間はひとたまりもないだろう。

9人の学生たちを殺害した犯人はイエティの可能性が一番高いのだ。

この証拠に、学生が書き残したメモに「雪男は存在する」と書かれていたのだ。

また、彼らが残したカメラのフィルムには動かぬ証拠が眠っていた。

森の中にイエティの姿が写っていたのだ。

つまり、学生たちがイエティの縄張りに入り込み、怒り狂ったイエティがテントを襲ったのだ。

 

 

 

 

Related Post

スポンサーリンク