幕末の治安組織である新選組の謎に迫る!

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幕末の治安組織である新選組。

最近では、新選組のメンバーが登場するアニメなどもありますが、実際の新選組には、いくつもの解明されていない謎が隠されているのです。

そんな謎めいた新選組の謎を紹介致します。

幕末の治安組織である新選組の謎

・局長:近藤勇

・副長:土方歳三

・参謀:伊藤甲子太郎

・総長:山南敬助

・一番隊隊長:沖田総司

・二番隊隊長:永倉新八

坂本竜馬の暗殺

1867年12月10日に暗殺された坂本竜馬ですが、実は実行犯については未だに謎です。

当時の幕末では生きる為に、人を裏切る者も多くいました。

坂本竜馬もその一人です。

柔軟に自分の立場を変えていたので、色々なところから憎まれていたと言われています。

薩摩藩は徳川打倒の大義名分を失い、紀州藩は徳川御三家としてプライドを踏みにじられ、故郷の土佐藩も坂本竜馬を憎んでいた可能性があると言われています。

有力な説は、京都見廻組みたいですが、新選組の隊士、斉藤一の可能性もあると言われています。

池田屋事件の謎

1864年6月5日に起こった池田屋事件。

この事件を語ると必ず出てくるものがあります。

皆さんもご存知の階段落ちです。

階段から志士が斬られゴロゴロと階段を落ちていく名シーンです。

しかし、実際にはこの出来事は不可能であったというのが有力な説となっています。

なぜかと言うと実際の池田屋の階段は小さく、上から落ちたとしてもゴロゴロと転がる事はないのです。

また、沖田総司が肺結核のため、吐血する有名なシーンがあります。

しかし、これも永倉新八の手記には一切記載されておらず、近藤勇の手紙にも「昏倒した」としかありません。

時代劇などで作品化され、いつの間にか大きく脚色されてしまったのかもしれません。

斉藤一の改名歴

斉藤一と言えば、沖田総司、永倉新八と並ぶ新選組最強の剣客の一人です。

永倉新八は弟子に「沖田総司は猛者の剣」「斉藤一は無敵の剣」と語っていたそうです。

そんな斉藤一は、4回も改名をしているのです。

本名は山口一で、1862年に江戸で刃傷沙汰を起こしてしまい、京都に逃亡した際に斉藤一へと改名しました。

1867年には山口二郎と改名し、会津藩に属して戊辰戦争に参戦した時には一瀬伝八を名乗っていました。

その後、高木時尾と結婚した時には、妻の母方である姓である藤田の姓を名乗り、藤田五郎と改名しました。

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芹沢鴨暗殺事件

1863年、泥酔して寝ていたところを襲われ暗殺された芹沢鴨。

この事件を近藤勇は長州藩の仕業だと結論付けました。

しかし、一緒にお酒を呑んでいたのが新選組隊士だったことから、土方歳三、沖田総司、山南敬助ら新選組の内部犯行説も有力とされています。

山南敬助の切腹

1865年3月に切腹した山南敬助も謎の多い人物です。

もともと山南敬助は北辰一刀流で、近藤勇に敗北したことで、近藤を慕い最終的には副総長の土方歳三に次ぐ地位にまでなりました。

その後、切腹をするまでの記録が殆どないのです。

近藤や土方との間に溝が深まり新選組を脱走したとされており、沖田総司より捕らえられ屯所に戻った山南は切腹しました。

ちなみに名字の山南は(やまなみ)と読む説もあり現在では(さんなんけいすけ)や(やまなみけいすけ)と表記されてりしています。

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