【2005年4月25日】JR福知山線脱線事!大惨事の影に隠された真実に迫る

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日本の大都市、大阪のラッシュアワー。月曜日の朝、通勤電車には数百人の乗客が乗っていた。

多くの乗客達にとってこれが最後の通勤になるとは誰にも予想が出来ませんでした。

そう、あの事故が起こるまでは・・・

災害は偶然の産物ではありません!

何らかの連鎖的な出来事の結果なのです。

大惨事の影に隠された真実に迫ります。

【2005年4月25日】JR福知山線脱線事!

兵庫県を走るJR福知山線。

2005年4月25日、ラッシュアワーの駅には人があふれていた。

8時53分、当時23歳の高見隆二郎は運転歴11ヵ月の運転手でした。

宝塚駅に快速列車5418Mが停車しようとしています。

列車の両端には乗務員室があります。

高見運転手と42歳の松下車掌は、列車が折り返し運転になる為乗車する車両を交代しました。

9時03分、快速列車5418Mは多くの通勤客や学生を乗せ大阪市への玄関口として利用される7駅先の尼崎駅へ向かいます。

大阪市では、日々100万人以上の人々が出入りしており、その多くは市街から電車を使い通っています。

ここは世界でも有数の大都市圏なのです。

9時11分、川西池田駅。

プラットフォームには人が溢れ、電車はすし詰め状態であった。

日本の電車の時刻表は、1分の遅れもなく目的地に着く為に作られています。

9時13分、快速列車5418Mは次の駅を通過する予定でした。

時速120kmで駅を通過します。

伊丹駅が近づいた所で運転席の警報音が鳴ります。

列車は制限速度を超えていたのです。

高見運転手は、まるで気がついていないかの様に警報音を無視します。

列車の最後尾にいた車掌は伊丹駅が近いのに速度が速すぎる事に気づきました。

彼は非常ブレーキに手を伸ばします。

しかし、それより早く高見運転手が瀬戸際でブレーキを掛けました。

列車は伊丹駅で急停車します。

列車はプラットフォームから3両以上はみ出して停車しました。

運転手は内線で車掌を呼び出します。

9時15分、電車がバックする事を松下車掌は乗客にアナウンスしました。

9時16分、電車には1分20秒の遅れが出ました。

電車はスピードを上げて尼崎駅へ向かいます。

9時18分、列車は尼崎駅近くにある線路脇のマンションに激突しました。

高見運転手は死亡。

快速列車5418Mの全車両の内、4両が脱線しました。

先頭車両は線路脇にあるマンション1階の駐車場部分に突っ込んでいます。

2両目は建物に巻き付くようにU字型に折れ曲がっています。

福知山線脱線事故の負傷者は562名。

死者は107名にのぼりました。

その内、99名が先頭から1,2両目の乗客です。

そのでは、事故に繋がる出来事を振り返り検証していきましょう。

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大惨事の影に隠された真実に迫る

過去40年で最悪の列車事故を引き起こした原因は一体何だったのか?

事故についての調査は運輸安全委員会(通称JTSB)によって行われた。

毎日、数百万人の乗客が利用するJR西日本にとって事故原因の究明は再発防止の為に必要不可欠でした。

調査は現場の検証から始まります。

列車が脱線するには様々な要因が重なっているはずです。

列車に何か欠陥があったのか?

または、線路に問題があったのかもしれない!

事故調査官はその両面から調べる必要があります。

調査員達はまず事故現場の線路を調べる事にしました。

すると重要な証拠が見つかりました。

線路上に石の破片が見つかった事から、何者かによる破壊行為の可能性が指摘されました。

事故を調査する際は、破壊行為の可能性を疑って証拠を入念に探す事が良くあります。

線路の上への置石は調査員がまず最初に考える事です。

列車を脱線させる程の大きな衝撃を与える為には大量の石が必要なはずです。

置石による脱線は以前にも日本で起きた事があります。

1980年に京阪電鉄の線路上に中学生のグループが、コンクリートのブロックを置いたのです。

先頭から2両が脱線して民家に激突し104名の死傷者を出しました。

尼崎の事故が置石によるものだとすれば、犯人が何処かにいる事になります。

しかし、現場で発見された石の破片を分析した結果その疑いは消えました。

線路上にあった石の破片は、線路を安定させる為のバラストと同じ物だったのです。

バラストとは、線路の周りや下に敷いてある石で線路を安定させる為の物です。

調査員の結論によると、石の破片は先頭車両が脱線した時にバラストが線路上に飛び散り、その上を後続の車両が通った為に、砕けた石が線路上に残っていたものだと言うのです。

石の破片は、事故の原因ではなく事故が起こった為に出来た物なのです。

置き石は事故の原因から排除されました。

しかし、線路の調査は新たな推測をもたらします。

快速列車5418Mが脱線した場所は、列車が尼崎駅に入る手前にある急カーブの入り口でした。

尼崎駅は大阪市への玄関口となっています。

通勤や通学などで毎日たくさんの人々が東西南北のあらゆる場所から集まって来ます。

日本の鉄道は、国の人口の約半分を運んでいます。

人々の生活にとって欠かせないものなのです。

日本人の通勤客は、電車の時刻表を信頼しています。

時刻表は非常に複雑です。

1つの電車から次の電車への接続を考えて分刻みで正確に運行されており、人々はその時刻表を頼りに乗り換えをしています。

記録によると1997年に、JR西日本は尼崎駅へと続くカーブの半径を600mから304mの急カーブに作り変えていたのです。

「福知山線 カーブ」の画像検索結果

1997年にカーブを大きく作り変えて急カーブにしたのは、新しい路線に直通運転する為でした。

その目的は、より早く、より効率的に乗客を大阪へ運ぶ事です。

カーブを作り変えると共に、JR西日本はダイヤを大幅に改正しました。

その為、福知山線は周辺地域で最も過密なダイヤになりました。

JR西日本の新しいダイヤには余裕がありませんでした。

快速列車5418Mは、大阪に乗り継ぐ乗客の為に時刻表通りの時間に到着する必要があったのです。

急なカーブと過密なダイヤは、効率的なサービスの一環なのです。

しかし、尼崎駅付近のカーブは半径わずか300mです。

急カーブではありますが、制限速度を守っている限り安全に走行できるはずです。

しかし、列車がスピードを出している場合は致命的です。

カーブを曲がる時にスピードを出し過ぎると、物理の法則にしたがって列車は倒れるでしょう。

調査の初期段階で列車の残骸の中からデータ記録装置が発見されました。

それには、時刻と速度が記録されています。

記録によると列車はカーブに入る際、時速116kmものスピードが出ていた事が判明しました。

このスピードが事故に繋がったのかどうか、JTSBがシュミレーションを行いました。

すると、尼崎のカーブを時速106kmで曲がると脱線する事が分かりました。

列車が脱線する事は避けられなかったのです。

スピードと急カーブがこの恐ろしい事故の主な要因だったのです。

尼崎でのカーブの制限速度は時速70kmでした。

では何故、快速列車5418Mは時速40kmも制限速度を超えてしまったのか?

調査委員は常にシステム故障や設備に不備があった可能性を疑います。

しかしそれと同時に関係者についても調べます。

運転手の行動に焦点を当てJTSBは車掌から聞き取り調査を行いました。

そして、事故の前に起きたある出来事が明かされました。

これが証言です。

8時53分頃、宝塚駅の手前で急停車したんです。

運転手が赤信号を無視したので自動停車装置(通称ATS)が作動し急停車しました。

「線路 ATS」の画像検索結果

その為、列車は宝塚駅を15秒遅れて出発します。

次の伊丹駅では、列車3両分もプラットフォームを過ぎて停止しました。

伊丹駅に着いた時には速度が速すぎたせいかホームの先端から5,6両分はみ出していました。

運転手は列車をバックさせなければなりませんでした。

駅を出発する頃には、1分20秒の遅れが出ていました。

列車の遅れは運転手だけの問題ではありません。

運転手は直前の駅でJR西日本の規定違反であるオーバーランをしています。

規則ではオーバーランをした場合、車掌は直ぐに上司に報告する事になっています。

伊丹駅でオーバーランをしてしまった運転手は処分を受ける事を恐れました。

車掌の証言によると、伊丹駅を発車して直ぐに運転手から内線電話がかかって来たと言います。

運転手はオーバーランした距離を実際より短く報告してくれと言う事でした。

運転手はオーバーランした事を極度に恐れて、おおめに見てくれるように車掌に頼みこみました。

彼らが通話している時、乗客が列車の遅れについて苦情を言いに来ました。

「なんでこんなに遅れているんだ!」と。

車掌は乗客に説明をし、オーバーランを指令室に報告するしかありませんでした。

JR西日本の規定では、直ぐに報告する事が定められています。

車掌は、3,40mはオーバーランをしたと知りながら8m位オーバーランをしたと報告したのです。

オーバーランは5m以内だと運転手への懲罰は比較的ゆるいと聞いていました。

しかし、明らかに5mは超えていたので8mと報告したのです。

車掌が報告しているのを運転手は無線で聞いていました。

この一連の出来事の後、運転手はカーブへ突入したのです。

JTSBの調査員が記録装置のデータを分析したところ、脱線の4秒前に運転手がブレーキをかけていた事が判明しました。

それなのに何故、列車の速度が落ちなかったのでしょうか?

調査員達は事故車両のブレーキを調べました。

その結果、異状は見つかりませんでした。

ブレーキは作動出来たのです。

奇妙なのは脱線する直前のブレーキの使い方でした。

運転手は事故の直前に非常ブレーキを使っていなかったのです。

時速116kmでカーブに突入して列車が脱線する直前に、運転手は非常用ではなく普通のブレーキを使ったのです。

非常用ブレーキの使用は、後で報告の義務があリました。

厳しい会社の規定が運転手を追い詰めたのかもしれません。

このことから鉄道会社の社風が事故に繋がった可能性も考えられます。

JR西日本は社員にプレッシャーを与えていました。

出来るだけ多くの利益を出し、なるべく列車の遅れを少なくしなければならなかったのです。

その様な会社では、安全面に対する配慮が薄れていくという危険性があります。

高見運転手が当時、若干23歳で運転歴はわずか11か月でした。

彼の未熟さが事故を引き起こしたのです。

2004年6月、運転手になって3週間後に彼は100mのオーバーランをしています。

JR西日本は、過失に対して規定通り運転手に13日間の再教育プログラムを受けさせました。

業務でミスをした従業員は、再教育プログラムをさせられます。

再教育プログラムは仕事の一部なのです。

心理学的な手法を用いて会社で社員を教育したり、学校で生徒を教育する事自体は決して珍しい事ではありません。

組合長の話では、多くの組合員が日勤教育と呼ばれる再教育プログラムを受けたと言います。

日勤教育とは、運転手に課せられる事が多いと言う。

JR西日本の社員が受けた日勤教育とは、普通の教育プログラムではありませんでした。

再教育プログラムの目的は、社員に責任の重さを実感させ反省を促す事だとされていました。

しかし、実際には過失をした社員を非難し苦しめ面目を潰す懲罰的な内容です。

再教育プログラムの間、その社員は通常の業務から外されます。

彼らは再教育の期間を知らされず、また報酬を減額される事もあったと言います。

そして有効な訓練が行われる訳でなく、単純作業を強いられるのです。

具体的には、ハトの糞の掃除をさせたり1時間に1枚のレポートを永遠と書かさせたりです。

労働組合は日勤教育は、教育ではなく懲罰だと考えています。

事故を起こした運転手に対し人権を侵害し、いじめであると言えます。

話によると会議に2分遅れた社員に対し日勤教育を5か月に渡り行ったと言います。

毎日、毎日管理者から罵倒されるのです。

高見運転手は運転手となって、たった3週間後にプラットフォームをオーバーランした為に日勤教育を受けました。

JR福知山線の脱線事故の原因は運転手が、もう日勤教育を恐れ、もう日勤教育を受けたくないという気持ちからスピードオーバーをし脱線事故に繋がる事になったのです。

JTSBの調査委員は、日勤教育が脱線事故の要因になっている可能性も考えられるという結論を出しました。

快速列車5418Mの若い運転手は、事故当時心理的に大きなプレッシャーを抱えていたのです。

事故が起きても尚、JR西日本は彼らの行っていた再教育プログラムは意義のあるものだと反論していたのです。

証拠を検証した結果、なぜ通勤電車が日本の大都市県内で脱線し死者107名、負傷者562名もの被害が出てしまったのかが判明しました。

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衝撃の瞬間までの10か月

高見隆二郎運転手は、問題となったJR西日本の再教育プログラムを受けさせられました。

そして彼は懲罰を恐れ仕事上のミスを隠す様になります。

衝撃の瞬間まで25分

高見運転手の乗る快速列車5418Mは宝塚駅付近で信号無視をします。

その為、ATSと呼ばれる自動列車装置が作動し急停車します。

信号無視は報告義務のある重大な違反。

衝撃の瞬間まで4分

速度を超過し伊丹駅に入りATSの警報音が鳴り響きます。

列車はオーバーランしました。

20分以内で二度目の違反です。

衝撃の瞬間まで2分

乗客の乗り継ぎの為、秒単位の遅れも許されない中、快速列車5418Mは1分20秒も遅れています。

高見運転手は処分を受ける事を恐れました。

彼はパニックに陥り列車が制限速度を大幅に超えている事に気づかなかったのでしょう。

列車は尼崎駅付近の急カーブに時速116kmで突入します。

このカーブにはATSが設置されていませんでした。

衝撃の瞬間まで数秒

運転手はスピードに気づきブレーキを掛けましたが、非常用ブレーキではありませんでした。

三回目の違反を隠す為だったのかもしれません。

午前9時18分

事故発生!

107名の乗客が命を落としました。

運転手の過失があったとしても事故は防げたはずです。

ATSがあれば運転手と乗客の安全は守れたでしょう。

実際に事故の当日、一度はATSに救われています。

福知山線ではATSを採用していましたが2004年当時、カーブには設置されていませんでした。

事故発生当時、JR西日本にATSの設置義務が無かったのです。

もし、新型のATSがこのカーブに設置されていたら事故は未然に防げたでしょう。

事故の後、JR西日本の前社長がATSの設置を怠った事に対し裁判所は事故は予測出来なかったとして無罪判決を言い渡しました。

「福知山線 社長」の画像検索結果

現在は、法の改正により日本の鉄道会社すべてにカーブでのATSの設置が義務付けられました。

JR西日本では今でも再教育プログラムが行われています。

会社が従業員の能力を引き出そうとする事は大切です。

しかし、再教育プログラムは鉄道の安全とは程遠い間違った方向へ社員を追いやっています。

JR西日本の回答によれば彼らは今、安全こそが最重要事項だと明言し競合他社にひけをとらない程安全面の強化に力を入れていると言います。

また、再教育プログラムの内容も効果的なものに見直す予定です。

そして、事故の起きた問題のカーブには速度制限を設けていたものの、危険性に対する認識が甘かった事をJR西日本は認めました。

事故当時、実際にスピードを制限する為の装置はなにも取り付けられていなかったからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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