今上陛下の思いが込められた一文!日本人の幸せと平和を願い続けた日々

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今年いよいよ今上陛下がご譲位されます。

それに先立ち85歳の誕生日を迎え年末に陛下は会見しました。

そのご会見での陛下のお言葉に重いが込められた一文がありました。

今上陛下の思いが込められた一文

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平成の時代に入り、戦後50年、60年、70年の節目の年を迎えました。

先の大戦で多くの人命が失われ、また、我が国の戦後の平和と繁栄が、

この様な多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって

築かれたものであることを忘れず、戦後生まれの人々にもこの事を正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。

平成が戦争のない時代として終ろうとしていることに、心から安堵しています。

今上陛下は戦争に直面したわけではありません。

しかし、父親である昭和天皇は実際に戦争に関わった人物です。

この事に責任を感じた今上陛下は、皇太子の時代から慰霊の旅を続けられてきました。

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残された遺族に思いを寄せて、ご公務と慰問訪問を積み重ねてきました。

沖縄には11回足を運び、そしてペリリュー島、サイパン島やフィリピンのカリラヤにも慰霊の為訪れました。

陛下のお言葉や行動から平和を願う気持ち、そして同じ過ちを繰り返してはいけないという気持ちがひしひしと伝わってきます。

日本が近代を迎えてから、明治、大正、昭和、平成と天皇陛下は四人いらっしゃいましたが、その中で唯一軍服を着なかった天皇は、今上陛下だけなのです。

それは、太平洋戦争後の日本の発展と平和国家を目指した目的を果たした事に大きな意味があります。

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日々日本人の幸せと平和を願い続けた

その代わり、今上陛下は災害の多い悲しい時代と共にありました。

阪神淡路大震災、東日本大震災、福島原発事故、さらに熊本、北海、大阪の地震や広島豪雨被害など多くの災害に直面しました。

日本中で被害の大小で語れない数多くの「災い」があったように思えます。

その度に陛下は、被災地に赴き避難所をたずね、被災者に寄り添い苦難を共にしました。

その時の作業服のお姿が何よりも印象に残っております。

長靴をはき、被災者にひざまづき同じ目線になって、手を握って声を掛けました。

東日本大震災の時には、家族を亡くし絶望に暮れる被災者に「生きていてくれてありがとう」と語りかけました。

心から国民に愛をささげ続けた天皇陛下。

計画停電の時は、皇居もその時間に合わせて電気を消したそうです。

少しでも、被災者が不憫な思いをしている事を共感する為に。

それが平成の天皇陛下でした。

今上陛下が積み重ねてきたものは、自ら現場におもむいて人に会うという事でした。

ご高齢になってもこの何年ものあいだ分刻みでご公務につく事は体力的にもとてもきつかったはずです。

そんな平成の天皇陛下だからこそ、多くの人が心を打たれたのだと思います。

政治家が作業服を着て被災地に見舞う姿が報道されますが、違和感を感じます。

このような非核からも、陛下の素晴らしさが際立ちます。

本当に心から国民を心配して身を寄せる。

毎日、日本国民の平和を祈り続けた平成の天皇陛下。

ご譲位後はゆっくりと身体を休めて貰いたいものです。

次の天皇陛下が軍服を着ない戦争のない時代である事を祈ります。

また、災害で作業着を着ない災害の少ない平和な時代が続く事をせつに願います。

 

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