同じ節分の行事でも場所によって掛け声にも違いがあるのをご存知ですか?

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鬼は外、福は内、節分になると各家庭から聞こえてくる掛け声。

勢い良く豆をまく音。

同じ節分の行事でも場所によって掛け声にも違いがあるのをご存知ですか?

鬼は内、福は外」この掛け声は、神奈川県の千蔵時で使われています。

鬼も家の中に入れて、説教し改心させるそうです。

鬼は内、福は内」こちらは、青森県の鬼神社や埼玉県の鬼鎮神社の掛け声です。

神社の名前の通り、鬼を祀り、鎮めている神社が由来です。

祀られている鬼が、福を運んでくると言われています。

福は内、福は内」ご存知の方も多いと思いますが、成田山新勝寺。

そもそも、「不動明王を祀るお寺に鬼がいる訳がない!というのが理由です。

この様に、同じ日本でも地域によって、色々な違いが見つかります。

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節分でまく豆の違い

他にも節分に使う豆にも違いがあります。

北海道や東北、鹿児島や宮崎など地域によっては大豆ではなく落花生を殻ごと投げます。

理由は色々考えられています。

大豆は小さくて片付けが大変。

雪が降る中で大豆を投げると、雪の白さに隠れて見えない。

落花生の方が値段も安く殻付きで投げるので衛生的。

落花生は育ちが早く、荒れた土地でも育ちやすい。

そもそも節分の始まりとは何だったのでしょう?

節分の鬼とは、どんな存在だったのでしょう。

見えない鬼を追い払い福を呼ぶ。

節分で退治される鬼は、病気や災いをもたらすと言われる。

目に見えない鬼です。

科学的に病気の原因が分かり、治療法も分かっている現代とは違い

昔の医療は民間療法が殆どでした。

病気や怪我などの原因は全て「見えない鬼」「見えない力」のせいだと考えられていたのです。

自分が幸せでないのも、人の心の弱さや隙間に取りついた「疫病神」のせい。

原因不明の病気や災害は「目に見えない鬼」のせい。

災いはすべて「見えない力」が悪い。

平安時代などは、きらびやかで優雅なイメージですが、そんな生活を送っていたのは一部の権力者のみ。

彼らに支配されてきた人たちの生活は、最低限の生活が出来る程度のものでしかありませんでした。

現代の格差社会よりも、更に酷い格差社会だったと言えます。

原因不明の出来事や体調不良で命を落とした人。

理不尽な自然現象で命を落とした人。

通りすがりに不運な事故や事件に巻き込まれた人。

ちょっとした病が原因で命を奪われた人。

なにも悪い事していないのに・・・・・

ちょっとした偶然や不運のせいで命を落とした。

そんな災いの全ては・・・「見えない鬼」のせい。

そうやって悲しみや苦しみを乗り越えて来たのでしょう。

その鬼を追い払う儀式こそ、中国から伝わった「見えない鬼」を退治する追儺や鬼遺です。

節分という字は、もともと季節を分けるという意味を持っています。

今の様にカレンダーが無かった時代は、季節の変わり目を表す、「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の内、立春に近い新月の夜に行われていました。

元々の節分は、新しい季節を祝う行事だったのです。

つまり、新年の始まり・・・今でいうお正月の行事だったという訳です。

その日に、「目に見えない鬼」を追い払い、新しい年の無常息災を願う。

当時の節分の儀式では、祭壇を作り、五穀を捧げて祈りを捧げます。

この時に使われた五穀は、米、麦、稗、粟、豆は神様に捧げる神聖なもので、魔や災いを退ける力があるとされてきました。

神聖な神様を祀り、五穀を捧げ祈りを唱える。

新年の始まりにふさわしい儀式だったわけです。

室町時代になると、建物を祭壇にみたてる様になります。

鬼は外、福は内」と省略された祈りを捧げ、東西南北の四方へ神聖な豆をまく。

儀式としてはだいぶ省略されていますが、現代に繋がる節分の原型のような形になっていきます。

その後、現代のカレンダーの元になっている太陽暦が西洋から伝わり政府によって一般的になります。

それから、節分は季節の行事になったのです。

さらに、一般家庭では省略されがちですが「見えない鬼」が苦手なものがあります。

臭いの強いきついもの。

とげとげのヒイラギの葉。

その為、イワシを焼いて臭いと煙で追い払い、ヒイラギの葉で魔除けにするという意味で、玄関先に焼いたイワシとヒイラギの葉を飾る習慣もあります。

節分の行事の中に秘められた思い。

ちょっとした怪我や風邪が原因で、すぐに命を落としてしまう。

悪い事もしていないにのに、理不尽に命を奪われる。

今年こそ、何の不運もなく幸せな年になりますように・・・・

「見えない鬼」を退治して、長く健康で過ごせます様に・・・

そんな思いが込められた、日本の行事「節分」

古き良き日本の行事は、形が変わっても私達日本人の中に残り続けていくのです。

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