【本当にあった】「ハーメルンの笛吹き男」恐ろしい事件の謎に迫る!

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グレム童話の裏側に隠された本当の真実は悪夢だとしたら・・・

この世に隠された恐ろしい謎に満ち溢れた世界へあなたを誘います。

【童話】ハーメルンの笛吹き男

ドイツ、ハーメルン「笛吹き男」伝説の町。

「笛吹き男」それは、ハーメルンという町を舞台にした奇妙な物語。

事件が起きたのは、1284年のある日。

その頃、ハーメルンではネズミが沢山増えて人々は困り果てていました。

そこにふらりと現れたのは旅の男。

色とりどりの服を着た不思議な格好の男。

「ハーメルンの笛吹き男」の画像検索結果

金を貰えるならネズミを退治してみせよう

ネズミの増殖に困っていた街の人は、この不思議な男にお金を払うと約束をしネズミ退治をお願いした。

男は笛を取り出すと・・・・

笛の音に誘われ町中のネズミが男についていった。

笛吹き男は、ネズミ達を川へ連れて行くと1匹残らず溺れ死にさせました。

ところが・・・

なんと町の人は・・・・

お前は笛を吹いただけじゃないか!」とお金を払いませんでした。

笛吹き男は激怒し姿を消しました。

笛の音に誘われ町中の子供が出てきました。

その人数130人。

再び現れた笛吹き男は、子供達を町の外へ連れて行くと山へと向かい姿を消してしまいました。

子供の親たちは嘆き悲しみます。

けれども子供は二度と帰ってこなかったのです。

「ハーメルンの笛吹き男」これは童話で有名なグリム兄弟のドイツ伝説集に収められた物語。

人々が語り継ぎ、グリムが書き留めたこの伝説は・・・・

実は本当に起きた事件が元になっている。

実際に約130人もの子供達が忽然と消えたと言うのだ!

「ハーメルンの笛吹き男」恐ろしい事件の謎に迫る!

ドイツ北部に人口5万人の小さな町ハーメルン。

嘗ては外敵から町を守る城壁で囲まれ、教会の教えの元人々は暮していた。

町には子供失踪事件の傷跡が数多く残されている。

子供達が笛の音に誘われ姿を消したと言われる道。

700年以上たった今でもダンスや音楽は禁じられている。

事件の重大さは町の公式文書からも伺える。

15世紀から記録されている「法書」と呼ばれるもので、当時のハーメルンの法律や取引について書かれている。

文書の日付の書き方は、子供たちの失踪から283年。

失踪から年代数え直し、すなわち町の未来をリセットさせる程の大事件だったのだ。

子供達130人は、何故、いったいどこへ?

笛吹き男とは何者なのか?

伝説はまさしく謎だらけであった。

よそ者がハーメルンに来て130人の子供達をさらった。
この点は間違いなく多数の歴史文章で裏付けられた事実なのだ。

 

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ハーメルン事件の真実

1936年、ヒトラーが権勢を振るっていた時代にハーメルン事件の決定的な資料が発見された。

決定的な資料が北ドイツの文書館で発見された。

リューネブルクの手書本」1430年~1450年、事件の文字資料としては最古。

ハーメルン事件から150年後に修道士が書いたもので事件。

そこには・・・・

1284年の「ヨハネとパウロ」の日の出来事である。

30歳位の若い男が橋を渡り町に入って来た。

男は奇妙な銀の笛を持ち町中に吹き鳴らした。

すると笛の音を聞いた子供達130人が男に従って処刑場の辺りまで行きそこで姿を消してしまった。

この最古の記録にネズミの話は出てこない。

代わりに子供が消えたのは「処刑場当たり」という死を暗示するかの様な記述。

確かに失踪については「子供たちが死んだ」という説が多い。

戦争に駆り出され無残にも全滅したとする「戦死説」。

城の外で大勢の野獣に食い殺された「野獣説」。

死ぬまで踊り続けたと言われる「舞踏病説」。

ネズミを媒介とし、ヨーロッパ人口の半分、2千万人以上殺したと言われる「黒死病説」。

すなわちペスト説。

命を奪う戦争や災害、そして伝染病などの病。

いずれの説も城壁で囲われた人々が外で蠢く死神をどれ程恐れていたかを示している。

町の中心に存在するマルクト教会。ここに子供達が消えた「処刑場」のヒントがあった。

嘗て飾られていたステンドグラスを模写した絵(1592年)

「ハーメルンの笛吹き男」の画像検索結果

カラフルな服の「笛吹き男」。

この様な放浪者は特殊な技能や情報で町の人に重宝される一方、よそ者としてさげすまれてた。

ハーメルンの城壁。

上の門から外へ出ていく子供達。

笛吹き男に導き出された先の山には「処刑場」が。

絞首刑でぶら下がる死体と、車輪らしき物が見える。

これは車輪系刑の処刑台。

罪人の手足の骨を砕き車輪に縛り放置する。

キリスト教以前の古代信仰で神へのいけにえが由来と言われる。

そして処刑台の横、笛吹き男が向かう先には不気味に口を開け地獄に繋がるかの様な裂け目。

この裂け目の中に子供達は連れていかれたのか?

なんとこの裂け目は実在したと言う。

ハーメルンの町から東におよそ15km。

隣町、コッペンブリュッゲにあるイート山。

この洞窟は「悪魔のキッチン」と呼ばれている。

山の切れ目と呼ばれた洞窟は「悪魔のキッチン」と言われる洞窟なのだ。

現在は土砂で塞がれてしまっている。

土砂で覆い隠された「悪魔のキッチン」。

ここで子供達に何が起きたのか?

ハーメルンで起こった130人の児童失踪事件

子供達はなぜ消えたのか?

事件の絵に描かれた謎の裂け目。

嘗て洞窟だったここ「悪魔のキッチン」に「笛吹き男」と子供達が入っていた。

そこに上から次々に石が落とされた。

彼らはこの地域の領主の部下たち。

笛吹き男と子供たちは生き埋めとなって全員殺されたと言うのだ。

「悪魔のキッチン」では領主のシュピーベルク家によって大勢が殺されたと伝えられている。

原因はここイート山にまつわる古くからの伝説なのです。

実はこの山は、キリスト教が入る以前から土着の古代信仰の祭りが行われた聖なる場所。

こうした土着の信仰を持つ「笛吹き男」は、ハーメルンの子供達を音楽で誘い出し、ここで古の神々を称える祭りを始めた。

しかし、祭りは性行為が伴い羽目を外し乱れた騒ぎになります。

それをカトリック教会が許すわけがありません。

土着の古代宗教は「邪教」である。

邪教の信者とみなされた子供たちは、笛吹き男もろとも領主によって生き埋めにされた。

これが笛吹き男の真相なのである。

ハーメルンの若者たちが異端者として疑われた時、大人たちは自ら若者達を殺害。

教会から町全体が疑われるのを避ける為、その後自分たちが殺した事を避ける為。

後世に「笛吹き男伝説」をでっちあげたのではないかと言われている。

この説はあくまでも数ある諸説の一説です。

ハーメルンの笛吹き男の伝説は今も尚、謎に包まれているのだ。

ヘンデルとグレーテルの怖い話はこちら

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